2017年2月28日火曜日

2017-02-28

自衛隊日報や国有地売却記録破棄の問題の、歴史検証に堪える気概は政府から伝わらない。

 台湾で「二・二八事件」が勃発したのは70年前のきょうのこと。鬱積していた中国国民党政権への不満が各地で反政府暴動として火を噴き、それを国民党政権は激しく弾圧した。当時の緊迫した情勢を描いた1989年の映画「悲情城市」で広く知られるようになった。

▼国民党による独裁体制の下にあって、事件は長らくタブーとされていた。いまも真相は十分に究明されたとはいえない面がある。たとえば犠牲者の数。当局は1万8000~2万8000人とする推計を明らかにしたことがある。だが、実際には10万におよんだとの声や、逆に、1万に達していないという見方が出ている。

▼とりわけ解明が進んでいないのは当局の動きのようだ。先週、蔡英文総統は「被害者だけがいて加害者のいない現状は改めなくてはならない」と述べ、かつての「白色テロ」の追究に意欲を示した。関連する公文書の機密解除につとめる考えも明らかにした。過去と向き合い、人々の和解をめざす取り組み、といえようか。

▼いうまでもないが、歴史の検証はもとになる史料があってこそだ。当局が公文書を残していなければ、難しくなる。ひるがえって日本である。自衛隊の南スーダン派遣部隊の日報をめぐるドタバタ。大阪府豊中市の国有地の売却に関する交渉記録の破棄。歴史の検証に堪えようという気概は、霞が関からは伝わってこない。
台湾で「二・二八事件」が勃発したのは70年前のきょうのこと。鬱積していた中国国民党政権への不満が各地で反政府暴動として火  :日本経済新聞

2017年2月27日月曜日

2017-02-27

東芝再建には、土光氏が目指した社員の体温や力強さを我が身に感じた手法が必要だ。

 1970年代、旧ソ連のカスピ海沿岸の街、バクー。東芝がプラントを輸出し、エアコン工場の建設が進んでいた。そこを訪れたのが土光敏夫さんである。当時は経団連会長だ。ロシア語を買われ、現場で通訳をしていた北海道出身の寺島儀蔵さんが手記に書いている。

▼朝8時、土光さんは日本人社員一人一人と握手し「ご苦労さま」とねぎらったという。寺島さんにも手をさしのべた。東芝社長への就任時も、土光さんは全国の工場や営業所を強行軍で回っている。その流儀を異国でも貫いたのだろう。同時期、ソ連副首相も街に来たが、工場の労働者の前に現れることはなかったようだ。

▼その東芝で2年前、会計不祥事が発覚した。「チャレンジ」と称し、上層部が現場に無理な利益のかさ上げを求めていたという。標語自体は土光さんの発案だが、中身は別物だ。本紙の「私の履歴書」によると、目標が未達の時に説明を求め、話し合いを通じて、上司も部下も仕事では同格との意識を共有する趣旨という。

▼土光さんが活気のある職場を目指した様子がうかがえる。だが数十年後、極端な上意下達の風の中で、脱法的な行為を強いる意味に変質した。原子力事業の処理や新たな収益源の創出など東芝には難題が待ち受ける。社員の体温や力強さを我が身に感じた先達の手法。そこに立ち返ることは、再建への遠回りではあるまい。
1970年代、旧ソ連のカスピ海沿岸の街、バクー。東芝がプラントを輸出し、エアコン工場の建設が進んでいた。そこを訪れたのが  :日本経済新聞

2017年2月26日日曜日

2017-02-26

ニセの情報がはびこる現代社会では、気をつけなければ人はデマや噂に惑わされてしまう。

 「降る雪や明治は遠くなりにけり」。昔を懐かしんだ俳人、中村草田男に、ただならぬ雪の句がある。「此日(このひ)雪一教師をも包み降る」「頻(しき)り頻るこれ俳諧の雪にあらず」「世にも遠く雪月明の犬吠(ほ)ゆる」。81年前の二・二六事件当日詠んだ連作には不穏な感じがただよう。

▼首都を血に染めたクーデターの試みは、4日間で治まった。戒厳令で報道は制限され、雪の中で何が起きたか伝わらない。根も葉もないデマやうわさがひろがった。反乱軍の仲間は全国にいる。戒厳軍が毒ガスを発射した。風評が空想をかきたて、新たなテロへの不安をふくらませた。実態がわかってくるのは戦後である。

▼非常時でもないのに、デマが世界をかけめぐる。ウソで相手を攻める政治も幅をきかせる。トランプ米大統領は都合の悪い報道を「偽ニュース」とよぶ。一方で、でまかせ発言をやめない。“つぶやき”情報があふれ、事実より気分が大事との風潮に乗じているからだろう。これでは、そのうち何がホントか分からなくなる。

▼暗く重たい「昭和の雪」も遠くなった。経験をかさねて賢くなったはずだが、ときに、人はデマやうわさにまどわされる。根っこの弱さは相変わらずだ。ひどい吹雪では、空と地面を区別できず、どこにいるかも分からなくなる。いまはニセの情報が雪のように降りつもる。よほど気をつけなければ、道を見失ってしまう。
「降る雪や明治は遠くなりにけり」。昔を懐かしんだ俳人、中村草田男に、ただならぬ雪の句がある。「此日(このひ)雪一教師をも  :日本経済新聞

2017年2月25日土曜日

2017-02-25

村上春樹の新作が賞賛や反感を語り合う機会を作り、人々の喪失感や孤独感を埋めている。

 何年に1回かの「ハルキ祭り」とでもいうべきか。村上春樹さんの新作長編「騎士団長殺し」がきのう発売になり、例によって午前0時には一部の書店で売り場に行列ができた。2巻合計ですでに130万部の印刷が決まっている。本が売れない時代には珍しい存在だ。

▼中身について予告が一切ないことを逆手にとり、熱心なファンは「内容予想」の会を開いて盛り上がった。発売後にはまた集まり、感想や解釈をつきあわせるに違いない。好きな人が多い分、嫌う人もいる。反・春樹派もまたそれはそれで熱い春樹論をカフェやネットで戦わせている。1人の作家が人と人をつなげていく。

▼作品の多くは主人公が喪失感を抱え生きている。自作が世界で受け入れられた理由を、8年前のインタビューで、人々が今の世界に現実感を感じられなくなったからではないかと語っている。冷戦終結、テロ、原理主義の台頭などで足元が定まらない、おかしな世界になった。そんな不安から主人公に共鳴しているとみる。

▼新作の主人公は36歳の男。妻に離婚を切り出されるところから物語が始まる。小説の中であれ現実の世界であれ、喪失感や孤独感を救うのは具体的な人とのかかわりやつながりだろう。誰かとつながりたいと願う人々が一斉に同じ本を買い、読み、共通の体験をもとに称賛や反感を語り合う。これもベストセラーの効用か。
何年に1回かの「ハルキ祭り」とでもいうべきか。村上春樹さんの新作長編「騎士団長殺し」がきのう発売になり、例によって午前0  :日本経済新聞

2017年2月24日金曜日

2017-02-24

世界中の映画人の胸に迫る天才職人の故・鈴木清順監督は、世におもねらぬ生き方だった。

 極彩色の映像をちりばめた「ピストルオペラ」のなかで、鈴木清順監督は女の殺し屋に印象的なセリフを言わせている。「左から右へと、現れては消えていく」――。この世の営みをすべて生々流転と見定め、虚無感と喪失感を漂わせる清順ワールドを象徴する言葉だ。

▼背景にあったのは戦争体験である。学徒出陣でフィリピンへ向かうが輸送船が撃沈され、まさに九死に一生を得て戦後を生きた。「あたしは日本橋の江戸っ子ですからね。生まれたのは関東大震災の年。刹那的な気分が染みついてますよ」。傘寿を迎えたころのインタビューでそう語り、人懐っこく笑った顔が忘れがたい。

▼日本映画界の異端児ながら欧米にもたくさんのファンを持つ清順さんが、93歳で逝った。ふすまを開けるとぱっと色が変わる、空に浮かぶ月が緑色……。独特の美意識から生まれた作品は魔物のような魅力をまとい、ときに論争の的になった。仕掛けが満載の「殺しの烙印(らくいん)」に日活社長は怒り、とうとう映画界を追われる。

▼そんな時代にも淡々と次の機会を待ち、やがて華々しい復活を遂げた。戦争で命を失いかけた人の、世におもねらぬ生き方がそこにあったのだ。米アカデミー賞の有力候補「ラ・ラ・ランド」のチャゼル監督は、清順美学の極致「東京流れ者」にいたく刺激されたという。世界中の映画人の胸に迫る、天才職人の死である。
極彩色の映像をちりばめた「ピストルオペラ」のなかで、鈴木清順監督は女の殺し屋に印象的なセリフを言わせている。「左から右へ  :日本経済新聞

2017年2月23日木曜日

2017-02-23

アスクルの巨大倉庫での火災を、届く速さを競わせている現状を見つめ直す契機としたい。

 1657年1月18日は、いまの暦に直すと3月初旬である。江戸の街には2カ月間も雨がなかった。昼すぎ、本郷の寺から出た火は、折からの強風で湯島、神田方面へと広がる。19日未明にいったん収まるが、午前11時ごろになり、今度は小石川辺りから燃え上がった。

▼これが江戸城に飛び火し、天守閣が炎上、再建されぬまま現在に至る。火は20日朝、ようやく消し止められた。世に言う「明暦の大火」である。死者数万ともされる。これを機に延焼防止策のため大名屋敷には庭園を設けさせ、市街地には広小路を造った。消防隊も増強するなどして、江戸は火事への備えを固めていった。

▼埼玉県三芳町の事務用品通販アスクルの巨大倉庫での火災は、発生から6日たって鎮圧状態となった。いまが盛りのネット通販で、法人や消費者向け商品約7万種を扱う心臓部である。重要な社会のインフラといっていい。出火原因の特定はこれからだが、開口部の少ない構造で消火しにくいという意外な弱点もわかった。

▼整ったインフラに頼り、私たちも昨今は「当日配送を」という感覚だ。倉庫の高機能化や大型化はさらに進むだろう。折しも配送現場からは疲弊の声が伝わる。「明暦の大火」は江戸の都市づくりの画期となった。今回も防火体制の検証は無論だが、利用者が届く速さを競わせているような現状を見つめ直す契機としたい。
1657年1月18日は、いまの暦に直すと3月初旬である。江戸の街には2カ月間も雨がなかった。昼すぎ、本郷の寺から出た火は  :日本経済新聞

2017年2月22日水曜日

2017-02-22

府立医大病院学長と暴力団組長の癒着を取り持つ府警OBの関係性には、ただため息が出る。

 新聞に見出しが躍る「組長」というのはほとんどの場合、暴力団幹部の肩書である。ところがそういう面々とはまったく無縁の乙女の花園、宝塚歌劇団にも「組長」がいるのをご存じだろうか。トップスターとは別の、花組や月組を率いる経験豊富なジェンヌのことだ。

▼「大学の学長が組長と会食」と報じられているから、これはきっと歌劇ファンの先生がベテランの役者さんと懇親の図だ……などと思ったら相手はホンモノの組長だった。京都府立医大病院が暴力団組長の虚偽診断書を作り、刑務所への収監を逃れさせていた疑惑で浮かび上がった「学長・組長」のただならぬ関係である。

▼学長は数年前から、京都の盛り場で組長と何度か食事をともにしていたという。どんな話題で盛り上がったのか、神経の太さにあきれるばかりだ。癒着の果てがウソの診断書作成だったとしたら医療への信頼は地に落ちよう。学長は産学官の連携に熱心だったようだが、そこにもうひとつ「暴」も加えたかったのだろうか。

▼府立医大と協力関係にある民間病院も事件に介在しているとみられ、京都府警は徹底捜査の構えだ。とはいえ、そもそも学長と組長を取り持ったのは、長年にわたり暴力団を担当していた府警のOBだったという。医大と暴力団と刑事と――。こちらの花園には「悪の」を冠するほかあるまい。そしてただ、ため息が出る。
新聞に見出しが躍る「組長」というのはほとんどの場合、暴力団幹部の肩書である。ところがそういう面々とはまったく無縁の乙女の  :日本経済新聞

2017年2月21日火曜日

2017-02-21

矢継ぎ早に買収合併を繰り返すバフェット氏のような、投資家の存在感は高まるばかりだ。

 インドで日用品の最大手は英蘭系ユニリーバの現地法人だ。農村の女性たちに商取引や契約の知識を教え、低所得者も買える値段でせっけんを売ってもらう事業モデルを築いた。現地法人の従業員には一定の期間、農村での生活を義務づけ、地域密着に力を入れている。

▼米食品大手のクラフト・ハインツにとってはそうした新興国市場での成長力も、取り込みたかったのかもしれない。1430億ドル(約16兆1600億円)での買収提案はユニリーバが拒否し、早々に撤回したが、実現すれば巨大な消費財企業が誕生するはずだった。世界再編が水面下でもうごめいていることを感じさせた。

▼注目したいのはクラフト・ハインツの大株主でウォーレン・バフェット氏率いる投資会社、バークシャー・ハザウェイの動きだ。投資ファンドと組み、2013年にケチャップで有名なHJハインツを買収。15年にブランド力のあるクラフト・フーズと合併させ、そして今回の提案だ。矢継ぎ早というのはこのことだろう。

▼最近はアップル株の保有を大幅に増やし、上位株主に入ってもいる。バフェット氏は業績が大きく振れやすいハイテク株を嫌ってきたが、配当などの株主還元が充実していることに着目したようだ。賢く資金を使うためなら変わることをいとわないというわけだろう。再編の黒子として、投資家の存在感は高まるばかりだ。
インドで日用品の最大手は英蘭系ユニリーバの現地法人だ。農村の女性たちに商取引や契約の知識を教え、低所得者も買える値段でせ  :日本経済新聞

2017年2月20日月曜日

2017-02-20

10年ぶりに大統領が代わるエクアドルは遠い国だが、日本とも国交があり興味はつきない。

 世界地図を広げ赤道が領土を通っている国を数えると、11になる。一方、国名に赤道がつく国は世界中で2つある。そして、その双方に名を連ねているのは南米のエクアドルだけだ。首都のキトはまさしく赤道直下にあり、国名はスペイン語で文字通り赤道を意味する。

▼この国できのう、大統領選の投票があった。というより、時差の関係で、この新聞が読者の手元に届くころにはまだ投票が終わっていないはずだ。2007年から政権の座にあるラファエル・コレア大統領は立候補しなかったので、10年ぶりのトップ交代は間違いない。問われるのは、コレア路線を継承するのか否か、だ。

▼混乱をきわめていた政治に安定をもたらしたコレア政権の実績は、だれもが認めるところ。ただ、経済政策と対外政策には異論が少なくない。いささか乱暴なまとめ方をすると、反米左派路線である。最大の貿易相手が米国で、米ドルを唯一の法定通貨に採用していることなどを踏まえるなら、たしかに違和感をおぼえる。

▼目下の世界的な関心事は、在英エクアドル大使館に逃げ込んだジュリアン・アサンジ氏の扱いだろう。内部告発サイト「ウィキリークス」を立ち上げ、性犯罪の容疑で国際指名手配を受けている人物である。日本とエクアドルは来年で国交100周年。なお遠い国と感じる人は少なくないかもしれないが、興味はつきない。
世界地図を広げ赤道が領土を通っている国を数えると、11になる。一方、国名に赤道がつく国は世界中で2つある。そして、その双  :日本経済新聞

2017年2月19日日曜日

2017-02-19

音楽教室から著作権料徴収する方針を打ち出したJASRACの独占ぶりには、閉口する。

 きちんとピアノを弾ける子が、田舎町の小学校でもクラスに一人や二人はいたものである。担任の先生よりずっと上手で、講堂のグランドピアノに向かってワルツなど奏でる女子の格好良さときたら……。そういう児童はみな音楽教室に通っていて、家に余裕があった。

▼昭和の時代に広まったさまざまな習い事のなかでも、音楽教室は別格だったろう。暮らしがどんどん豊かになっていく高度成長期、親はわが子にしきりにピアノを習わせたのだ。いわば「中の上」の象徴であった。公益社団法人発明協会は「戦後日本のイノベーション100選」のひとつに、ヤマハ音楽教室を選んでいる。

▼いまやこうした教室は全国で1万を超え、演奏される曲も多様だ。そこで日本音楽著作権協会(JASRAC)が、教室から著作権使用料を徴収する方針を打ち出した。教室といってもカラオケなどと同じビジネスだと主張するJASRAC。かたやヤマハなどは、聞かせることが目的ではないと猛反発して対立は深刻だ。

▼しゃくし定規な対応は文化を衰退させるとの声もあれば、むしろ見過ごしてきたほうがおかしいという考えもあろう。溝は簡単には埋まるまい。もっとも、かのJASRACのコワモテぶり、著作権管理の独占ぶりにはいささか閉口する。ややこしいからと、レッスンはクラシック限定にする教室が出てくるかもしれない。
きちんとピアノを弾ける子が、田舎町の小学校でもクラスに一人や二人はいたものである。担任の先生よりずっと上手で、講堂のグラ  :日本経済新聞

2017年2月18日土曜日

2017-02-18

イメージが傷いた韓国から学び、日本の企業経営や政治が評価されているか振り返りたい。

 韓国ドラマ「冬のソナタ」が日本で放映されてから14年がたつ。大人の女性を中心に韓流ブームが起こり、作品を撮影した街は日本からの旅行者でにぎわう。韓国の音楽、服、電気製品などの存在感は世界で高まり、ビジネス界には「韓国に学べ」との空気が広がった。

▼日本の経済産業省が数年前に作った資料に、韓流ブームで韓国が狙うものを分析した項がある。俳優や歌手が人気者になる。次にDVDなどの関連商品が売れる。そのイメージから化粧品などの韓国製品が普及する。最後は韓国好きを増やし国家ブランドの向上へ、という内容だったが、道半ばで壁にあたったかのようだ。

▼きのう韓国サムスン電子の事実上のトップが逮捕された。話題の人である大統領の友人に賄賂を贈った疑いがあるという。昨年はスマートフォンの発火事故により世界シェアも低下。他の大手企業の経営陣も不祥事が目立ち、国の頂点に立つ大統領も国民の信を失った。企業も国家もブランドイメージは傷つき続けている。

▼一度は輝きを放った存在がくすむ姿は、何であれもの悲しい。もっとも韓国の現状は対岸の火事ではない。現代文化の人気をてこに観光客を呼び製品を売り込むクールジャパン政策は韓流を手本にしたもの。日本のサービスやものづくり、企業経営や政治のありようは外からの期待に応えているか。いま一度振り返りたい。
韓国ドラマ「冬のソナタ」が日本で放映されてから14年がたつ。大人の女性を中心に韓流ブームが起こり、作品を撮影した街は日本  :日本経済新聞

2017年2月17日金曜日

2017-02-17

欧州各地で広がる移民抑制という大きな箱が目につきだすと、いつしか独裁国家が現れる。

 箱はふしぎだ。たいていは四角い。中に何があるのか、知りたくなる。見せてはならない大切なものだろうか。金銀財宝か。いにしえの人は魂を封じこめたり、幸福をよぶ力をおさめたりできると信じていた。浦島太郎の玉手箱のような謎めいた話が各地に残っている。

▼むかし、魔物が美少女をさらっていった。白いハトが現れて、少女のあやうい命を助ける。教えに従い、大きな箱舟を造って隠れた。窓も戸もない。食べ物を積みこみ、海を漂う。流れ着いた土地で、王子さまに出会う。はるばる追ってきた魔物をみんなで退治する。東欧ハンガリーに残る、箱が幸せをつれてくる民話だ。

▼こちらは、ずいぶん様子が違う。ハンガリー政府がシリア難民などを船のコンテナで造った施設に入れるそうだ。柵などでの流入制限に加え、すべての難民を鉄の箱に集めて、外出もさせない。オルバン首相は、トランプ米大統領に共感している。イスラム圏7カ国の入国制限などをみて、管理を強める気になったらしい。

▼ハンガリーだけではない。欧州各地でも、移民抑制など大衆受けする政策をかかげる動きが広がっている。国の権限を強める政治運営も頭をもたげる。鉄の柵や箱で、なにやらよみがえるのは、強制収容所の悪夢だ。つごうの悪いものは押しこめる。大きな箱が目につきだすと、いつしか独裁国家という魔物がやってくる。

2017年2月16日木曜日

2017-02-16

殺害された正男氏のフーテンの風情は、粛清を繰り返す正恩氏から身を守る術だったのか。

 家を飛び出し、あちこち渡り歩く奔放な異母兄――といえば「男はつらいよ」の寅さんである。本妻の子である妹さくらの心配をよそに、父と芸者の間に生まれたこの兄は足の向くまま気の向くままの自由人だ。ふるさと葛飾柴又の実直な面々とはまるで肌合いが違う。

▼北朝鮮の金正男なる人を寅さんに重ねてみたら、映画のファンに怒られるだろうか。しかし亡くなった金正日総書記の長男なのに異母弟の正恩氏とは距離を置き、ひょうひょうとしてアジア各地に出没する姿はやはりフーテンの寅であった。陰惨な空気の漂う金ファミリーのなかで、人間の顔が見えていたのは確かである。

▼そんな正男氏らしき男性が、マレーシアの空港で殺害されたという。衆人環視のターミナル内で北朝鮮の女性工作員に毒針を刺された、毒液をかけられた、などと報じられている。中国の保護下に置かれた兄の復権の芽を、かの異母弟が念のために摘んだ……という解説もあって背筋の凍ること甚だしい。いまは何世紀か。

▼これでは寅さんワールドとかけ離れ、映画は映画でもおどろおどろのスパイものだ。これまでも多くの幹部や側近を粛清してきたとされる正恩氏だが、その疑心はとどまるところを知らぬようである。異郷をさまよった兄も、じつはずっと前から狙われていたという。フーテンの風情は身を守るすべであったかもしれない。
家を飛び出し、あちこち渡り歩く奔放な異母兄――といえば「男はつらいよ」の寅さんである。本妻の子である妹さくらの心配をよそ  :日本経済新聞

2017年2月15日水曜日

2017-02-15

決算発表で失態が相次ぐ東芝は、時間をかけてもやり遂げる稀勢の里らの姿に学ぶべきだ。

 海原が奏でる波の音が聞こえ、風に乗って潮の香りが漂ってくる。東山魁夷が奈良・唐招提寺の御影(みえい)堂のために描いた障壁画だ。別の作品の前におもむくと、滝の音が響く山中で、雲が谷から湧き上がる気配が迫る。完成に10年を要した68枚を茨城県近代美術館で見た。

▼御影堂には仏法を広めんと、失明を乗り越えて6度の挑戦で日本に渡った唐の高僧、鑑真和上の像が安置される。東山は像を拝し、その強い精神力を仰ぎ尊んで、この仕事を引き受ける決意をしたという。日本各地や中国へスケッチの足を伸ばし、数多くの下絵を準備した緻密で息の長い作業は、鑑真の足跡をも思わせる。

▼12日には県出身の新横綱、稀勢の里も展示を見た後、鑑真や東山の「不撓(ふとう)不屈の精神」をテーマにトークショーに臨んだ。「時間がかかってもやり遂げる姿は見習いたい」と綱取りへの道を顧み、決意を述べている。目標は必ず達成するとの気概で我々を鼓舞する3人に、かつて名門と冠された企業も学んでほしいものだ。

▼東芝が14日、予定していた決算発表をめぐりドタバタを演じた。一昨年の会計不祥事以降、開示で失態が相次いでいる。より危機の度合いが深まっている今回、適切な情報公開は市場との間だけでなく、社会全体との約束ごとのはずだった。春一番の便りはまもなくだが、140年を経たのれんに吹く風は限りなく冷たい。
海原が奏でる波の音が聞こえ、風に乗って潮の香りが漂ってくる。東山魁夷が奈良・唐招提寺の御影(みえい)堂のために描いた障壁  :日本経済新聞

2017年2月14日火曜日

2017-02-14

サイバー攻撃の技術力を競う大会で5位の日本は、「正義のハッカー育成」の課題は多い。

 いまから20年ほど前。普及し始めたばかりのインターネットで、薬を売ると偽って代金をだまし取る事件があった。この闇の薬局の「店主」はなんと中学生。若いから、でもあったろう。家のパソコンで遊んでいるうち、自然とネットのスキルが磨かれていったようだ。

▼東京・秋葉原の電器店に展示してあるパソコンから企業のシステムに入って、研究報告書をのぞき見た。大学は簡単に侵入できるので、かえって面白くない。ネットは頭と技術をフル回転させる勝負の場。負ける方が悪い――。ネット犯罪で捕まる少年たちの話を聞いて、当時の捜査幹部らは文字通り目を丸くしたものだ。

▼あのころからこんなイベントがあれば、少年たちも違った道を歩んだのではないだろうか。そう思わずにいられない。先月末、東京都内でサイバー攻撃から身を守る技術を競う大会が開かれた。予選を勝ち抜いた世界9カ国の24チームがサーバーを占拠したり、奪い返したりしながら、2日間にわたって熱戦を繰り広げた。

▼大会が目指すのは、悪意を持った攻撃と戦う「正義のハッカー」の育成だ。政府も企業も、とにかく優秀な技術者に来てほしい。遅ればせながら日本でもこうした大会が盛んになっていくことで、社会の備えも強まるだろう。熱戦の結果は1、2位ともに韓国で、3位は中国。日本チームの最高は5位だった。課題は多い。
いまから20年ほど前。普及し始めたばかりのインターネットで、薬を売ると偽って代金をだまし取る事件があった。この闇の薬局の  :日本経済新聞

2017年2月12日日曜日

2017-02-12

日米首脳会談での親密さに安心の体だが、今後の針路や機関の異常など警戒も怠れない。

 いきなりのハグに、アームレスリング風の固い握手である。首脳会談でトランプ米大統領からどんなぶちかましがあるのか、安倍首相や日本企業トップらは戦々恐々としていたのではないか。ところが、ふたを開ければ、同窓会で旧友に再会したかのごとき接遇だった。

▼日本側から安堵のため息が聞こえてくるようだ。実は首相の下には、9日に米国へたつ直前まで、外務、経済産業両省の高官がひっきりなしに出入りしていた。本紙政治面にある「首相官邸」という小さな記事が教える。会談内容の綿密な擦り合わせに加え、通商や安保で変化球を投げられたときの対応も議題だったろう。

▼共同声明の発表の後は、保養地の別荘で5度も食事をともにし、さらにゴルフだ。約160年前、砲艦を差し向けて開国を迫った米国と、イエスともノーとも答えず「ぶらかし」続けようとした日本。途中、大きな犠牲を払った負の歴史をもはさみ、首脳同士がこれほど親密さを前面に出したことはなかったように思える。

▼身を委ねられる大船に首相も安心の体だろうか。だが、針路や機関の異常など警戒も怠れない。トランプ氏をめぐり、雑誌「文芸春秋」に立花隆さんがこんな趣旨で書いていた。「アメリカ大統領選は完全に終わったわけではなく、まだ途中経過ぐらいに考えたほうがいい」。大変動の予感は、どこか納得できるゆえ怖い。
いきなりのハグに、アームレスリング風の固い握手である。首脳会談でトランプ米大統領からどんなぶちかましがあるのか、安倍首相  :日本経済新聞

2017-02-11

増え続ける空き家をリノベーション等で資産として活用し、見慣れた風景を守っていこう。

 東京都内の巨大ターミナル駅、池袋から徒歩で20分。私鉄を使えば1駅という商店街に、1軒のとんかつ店があった。地域の人たちに愛されたものの約20年前に閉店。長く空き家だったこの建物がいま、主婦のグループやカップル、外国人旅行者などでにぎわっている。

▼街のために役立てたいという家主の希望もあり昨年、地元の若手企業家らが出資しカフェと宿に改装したのだ。1階は畳敷きのカフェに変身し、子連れの女性がくつろいだり手芸教室を開いたり。街歩きの若者は昭和を感じさせる空間が新鮮そうだ。2階の元住居は客室になり日本の生活を味わいたい外国人に人気が高い。

▼古い家や店の持ち味を生かしつつ、新しい生命を吹き込む。そんなリノベーションという手法を街づくりにつなげる例が広がっている。地方商店街の店舗はショーウインドーを生かし、広い窓のある明るい家に。京都の路地に並ぶ町家4軒をしゃれた現代版長屋にした例もある。主に地元の若い建築家などが手がけている。

▼国土交通省の発表によれば、昨年の新設住宅着工戸数は前年に比べ6.4%増えた。一方で全国の空き家はすでに800万戸を超え、16年後は2000万戸に達するとの試算もある。空き家や空き店舗を街の邪魔者とみるか、資産とみるか。くしの歯が欠けるように更地が増え、見慣れた風景が消えていくだけでは悲しい。
東京都内の巨大ターミナル駅、池袋から徒歩で20分。私鉄を使えば1駅という商店街に、1軒のとんかつ店があった。地域の人たち  :日本経済新聞

2017年2月10日金曜日

2017-02-10

不正や汚職を憎んだ胡堂がバッハを好んだのは、罪悪を厭う姿勢にも共感したからだろう。

 エィッと、悪いやつらに銭が飛ぶ。江戸のヒーロー、銭形平次親分の得意技だ。生みの親の野村胡堂は、大のクラシック音楽好きでもあった。40年間に集めたレコードが1万数千枚。重さで家がひっくり返ったと噂もたった。「あらえびす」の名で多くの評論も書いた。

▼生演奏などめったに聴けない戦前、重いSP盤を抱え、全国を講演で回った。大学生の長男が病床で、ヘンデルの「メサイア(救世主)」の総譜を読み、全曲を聴きたがった。英国から全18枚を取りよせたが、聴けずに亡くなる。楽譜は棺(ひつぎ)に納めて、母校で全曲をかけた。3千人の学生が集まり、後々まで語り草になった。

▼ヘンデルと並ぶ巨匠、バッハの自筆譜が地元ライプチヒに戻り式典が行われた。ナチスの蛮行から逃れて国外に流出し、没後約260年の里帰りとなった。曲は「おお永遠、そは雷(いかずち)のことば」。罪悪には永遠の苦しみが待つと歌う。早く両親をなくし苦労を重ね、ひたすら神に捧(ささ)げる音楽を作り続けた大家の人柄がにじむ。

▼胡堂は書斎にバッハの肖像を飾り、レコードを聞きながら書いた。父の死で学費が続かず、帝大法科を中退。30年いた新聞社では、社会部長などを務めた。とりわけ、法をすりぬける不正や汚職をにくんだ。罪悪をいとう音楽家の姿勢にも共感したのだろう。耳をすませば、活劇の向こうから、心を洗う調べが流れてくる。
エィッと、悪いやつらに銭が飛ぶ。江戸のヒーロー、銭形平次親分の得意技だ。生みの親の野村胡堂は、大のクラシック音楽好きでも  :日本経済新聞

2017年2月9日木曜日

2017-02-09

道徳の格上をする傍ら文部科学省が天下り斡旋する行為は、初歩の道徳を蔑ろにしている。

 少年易老学難成/一寸光陰不可軽。日本で広く知られた漢詩のでだしである。「少年老いやすく学なりがたし/一寸の光陰かろんずべからず」と読み下せば、わかりやすいかもしれない。若いうちは、わずかなときも惜しんで勉強しなさい――。もっともな趣旨である。

▼宋の時代に儒教の中興をなしたとされる朱子の「偶成」という詩である、と習ったおぼえがある。実は違うらしいと知ったのは、少年の日が遠く去ってからだった。専門家による考証がすすんだ結果、室町時代の日本の禅僧がつくった、との見方が強まっているそうである。それがどうして、朱子の作として広まったのか。

▼これまた専門家の研究によれば、明治政府が検定した中学生向けの漢文の教科書がはじまりだった、とのこと。教育にたずさわる立場からは、子どもたちの心に刻みつけたくなる詩だったことは、理解できる気もする。とはいえ、その目的のために朱子の権威を借りようとして誤解を広めたのだとすれば、本末転倒だろう。

▼教科書検定制度の守護神というべき文部科学省が、組織的に「天下り」をあっせんしていたという。なんとも間の悪いことに、小中学校で「道徳」を「教科」に格上げする準備がすすんでいるところである。多感な子どもたちに人の道を説こうと旗をふるかたわらで、初歩の道徳をないがしろにする。伝統芸なのだろうか。
少年易老学難成/一寸光陰不可軽。日本で広く知られた漢詩のでだしである。「少年老いやすく学なりがたし/一寸の光陰かろんずべ  :日本経済新聞

2017年2月8日水曜日

2017-02-08

米トランプ政権の通商政策に対する日本の対応は、民間の粘り強い活動も取り組もう。

 米国では1970年代から80年代にかけ、企業に不利な税制を採用する州が広がった。「合算課税」といって、州内にある工場などの事業所の利益だけでなく、州外の親会社や関連会社の所得も合わせて課税する仕組みだ。二重課税なうえ、税額の高騰にもつながった。

▼撤廃をめざし、率先して動いた企業人がソニー共同創業者の盛田昭夫氏だった。経団連の使節団を何度も組み、各州に税制の見直しを訴えた。レーガン大統領にも自ら「対米投資を妨げる」と直訴。日本企業の米法人の責任者らは直接、議員に接触を図った。政府間協議だけに任せず、企業自身による活動を広げたわけだ。

▼商品とお金が地球を駆け回り、各国の産業人はグローバル化に適応しようとしているのに、政治がこれを阻んでいる――。盛田氏は、政治家や行政が自国の国境を高くしてしまうことを問題視した(「新版MADE IN JAPAN」)。企業人の考えを「世界の政界人に知ってもらうべきだと思うのだ」と書いている。

▼米トランプ政権が通商政策などでどう動き出すか、日本の経済界は静観中だ。だが、行動力が問われるときが来るかもしれない。合算課税の問題は86年、焦点のカリフォルニア州が制度の見直しを決め、峠を越えた。盛田氏が最初に同州知事に撤廃を求めてから10年目のことだ。民間の粘り強い活動が実を結ぶこともある。
米国では1970年代から80年代にかけ、企業に不利な税制を採用する州が広がった。「合算課税」といって、州内にある工場など  :日本経済新聞

2017年2月7日火曜日

2017-02-07

中間層の支持で当選したはずの米トランプ氏の居丈高で突飛な手法に、世界が疲れてきた。

 福沢諭吉は1860年、江戸幕府の軍艦、咸臨丸で初めて米国へ渡った。自伝に初代の大統領だったワシントンの子孫について、ある人に尋ねた際の逸話が載っている。「今どうしているか知らない」などとする冷淡な答えに福沢は「これは不思議だ」と一驚している。

▼彼には、幕府の創設者とその一族のように、建国の父の子孫も人々から畏敬されているはずとの思いがあったらしい。祖先や家門と無関係に、国民の投票でリーダーを選ぶ米国の仕組みに感嘆したようだ。ワシントンには子どもの時分、おので桜を切り、それを正直に父親に話して、逆にほめられたとの伝説も残っている。

▼民主主義のあり方や、人の道について教訓を残してくれる偉人がいる一方で、45代のトランプ米大統領には反面教師にしたくなる言動がやまない。イスラム圏7カ国からの入国を一時禁止する大統領令への司法によるストップに、裁判所や判事を非難する内容のツイッターを投稿している。三権の分立を忘れたかのようだ。

▼福沢は「学問のすゝめ」で、国の文明を興すのは「ミッヅルカラッス」(ミドルクラス)と述べる。トランプ氏も現状に不満を持つ中間層の支持で当選した。国力の回復や豊かな暮らしの実現へ期待は大きい。メディア、企業などへの威圧めいた態度で、なし遂げられるのか。居丈高でとっぴな手法に、世界が疲れてきた。
福沢諭吉は1860年、江戸幕府の軍艦、咸臨丸で初めて米国へ渡った。自伝に初代の大統領だったワシントンの子孫について、ある  :日本経済新聞

2017年2月6日月曜日

2017-02-06

利用者減と値上げに歯止めをかけるため、タクシー初乗り値下げ改革の様な知恵を絞ろう。

 いまの値段だと何千円だろう。戦前の東京や大阪では、1円ポッキリで市内ならどこにでも行ってくれる「円タク」が隆盛だった。ところが1938年にはメーター制が導入されたというから、円タク時代は意外に短い。その呼び名だけがしばらくは残ったようである。

▼均一料金は戦後も復活せず、タクシーといえばメーター制が常識となって現在に至る。便利で快適、ぼったくりの心配もないのだが、料金がカチャカチャと上がっていく「恐怖」がつきものだ。しかも初乗り運賃は値上がりが続き、東京などでは700円を超えた。思い返せば80年代には、五百円玉でお釣りがきたはずだ。

▼そんな昔を思い出す「410円」の表示である。こんど東京23区などで運賃が大幅に安くなった……といっても初乗りを従来の2キロメートルから1キロメートル強に縮めて値下げし、「ちょい乗り」をしやすくしたわけだ。距離が長いと割高になるとはいえ使い勝手はなかなかよい。利用者減と値上げの悪循環に歯止めがかかるだろうか。

▼効果のほどはまだ見通せないが、こういう改革ができたのだからいろいろ知恵は絞れよう。スマホの配車アプリを使った料金事前確定や相乗りシステムも実証実験に向かうという。そういえば、成田や羽田との行き来にはすでに定額タクシーがある。メーターにハラハラせずに済む、21世紀版の円タクが街を走ってもいい。
いまの値段だと何千円だろう。戦前の東京や大阪では、1円ポッキリで市内ならどこにでも行ってくれる「円タク」が隆盛だった。と  :日本経済新聞

2017年2月5日日曜日

2017-02-05

米国から悪い影響を受ける日本の政治状況は、じっと観察しているだけでは改善されない。

 けはいは見えるものらしい。窓際に置いた鉢のチューリップがみるみる伸びた。室内だからか思いのほか成長が早い。夜ふくらんだつぼみが、朝にはもう開いていた。薄紅の花びらのまわりだけが、あかるく華やいでいる。いち早く季節を見つけたようでうれしくなる。

▼外はまだ寒い。ビルの林をわたる風が耳をたたいていく。郊外では肌を刺すようなこがらしが吹いている。今年も列島には寒波がくりかえしやってきた。北海道や日本海側は記録的な大雪や低温に見舞われている。ゆるんだかと思うと、もどってくる。こんな冷え込みがいつまでも続くと、春ははるかに遠い気がしてくる。

▼俳人の高浜虚子は、じっと眺めることが大事だと説いた。この時節、鎌倉を歩き、神社の横の溝を見つめていた。雪国を思わせるほど風は冷たい。小石を投げ入れると、ぽかぽか柔らかい泥が浮いた。その姿に「水温(ぬる)む」春を見つけた。大地の下から押し上げてくる力が温めていると感じたという(「俳句の作りよう」)。

▼「東より春は来ると植ゑし梅」(虚子)。立春が過ぎ、東風が氷を解かすころである。観察していれば、兆しもわかる。やがて街も野も春めいてくる。政治の世界は勝手が違うようだ。「嘘つきめ!」。東の国からは、罵声や横紙破りの音が鳴り響く。じっと見ているだけでは、この国にも寒々しい暴風が吹きつけてくる。
けはいは見えるものらしい。窓際に置いた鉢のチューリップがみるみる伸びた。室内だからか思いのほか成長が早い。夜ふくらんだつ  :日本経済新聞

2017年2月4日土曜日

2017-02-04

高校生にノルマを課すコンビニのコネと根性の販売方法は、経営近代化に逆行し続かない。

 医師で芥川賞作家の南木佳士さんが「稲刈り」という随筆で、子供のころ家の米作りを手伝い、たしなめられた思い出を振り返っている。好きな落ち穂拾いに精を出し、ほめられた。それがうれしく、鎌を持てるようになると祖母より速く刈ってみせようとしたという。

▼祖母は南木さんにこう語った。「百姓仕事は続けるのが大事なもんだから、そんなに急いじゃあいけねえ。からだに無理をかけちゃあいけねえ」。親戚が助け合い収穫する。その後の宴(うたげ)は楽しく、大人になってもこの季節には体がうずいたそうだ。無理なく、長く続けられるのが仕事――。体験から出た言葉は心にしみる。

▼節分のきのう、「恵方巻き」と呼ばれるすしを食べた方も多かろう。近年コンビニエンスストアが広めた風習だ。この恵方巻き販売でアルバイトの高校生にもノルマが課され、学校で友人に売ったり自腹でいくつも購入したりする例があり社会問題になっている。クリスマスケーキなどもこうした無理な手法があるという。

▼厚生労働省によれば、コンビニでバイトをした学生の11.6%が商品の買い取りを強要された経験を持つ。本部は関知していないというが本当か。若者らの心に販売という仕事はどんな思い出として残っただろう。零細小売店の経営近代化がコンビニの旗印だったはず。コネと根性頼みの売り方は続かないし、似合わない。
医師で芥川賞作家の南木佳士さんが「稲刈り」という随筆で、子供のころ家の米作りを手伝い、たしなめられた思い出を振り返ってい  :日本経済新聞

2017年2月3日金曜日

2017-02-03

国は求人詐欺に罰則を科す方針だが、使い捨て前提の求人会社は詐欺集団というべきか。

 空き巣、すり、ひったくり。金品を奪う犯罪の代表といえばこうした「盗み」である。だが近年窃盗事件は大きく減り続けている。かわって猛威を振るうのは詐欺だ。総被害額は窃盗にほぼ並ぶ。その手口のあれこれを見てみると、折々の社会情勢がうかがえるようだ。

▼昭和の一時期には保険金詐欺がはやり、インターネットが普及するとワンクリック詐欺やオークション詐欺が登場した。そして高齢化の進む現代を象徴するのが、おれおれ詐欺だろう。一方で最近目立つ悪行の中に、刑法でいう犯罪には当たらないものの、実態とかけ離れた好条件で労働者を募集する「求人詐欺」がある。

▼給与に最初から残業代が組み込まれていた。違う職種を強いられる――。それでも卒業したばかりの新社会人は「こんなものか」と思い込み、無理をして働き続ける。学生時代に抱えた奨学金の返済に迫られて、という事情のある人も多い。やがて心身を病んで、ほかでやり直すこともできなくなる。そんな悲劇まで聞く。

▼ハローワークには、賃金や就業時間などが実際と異なる求人票が年間4千件近く出されていたという。国は求人詐欺に罰則を科す職業安定法の改正案をまとめ、いまの国会で成立させる方針だ。そうなれば立派な「犯罪」の仲間入りとなる。使い捨てるつもりで人を集める会社はもともと詐欺集団というべきなのだろうが。
空き巣、すり、ひったくり。金品を奪う犯罪の代表といえばこうした「盗み」である。だが近年窃盗事件は大きく減り続けている。か  :日本経済新聞

2017年2月2日木曜日

2017-02-02

大谷が投手でのWBC不参加表明したので、起用法に悩むことなく豪快な打棒を楽しみたい。

 いまから100年前、米名門球団レッドソックスで入団4年目の左腕投手が大活躍していた。初年度こそ2勝だったが、翌シーズンから18勝、23勝と積み上げ、この年は24勝を記録。審判を殴って食らった出場停止10試合がなければ、あと3勝はできていたに違いない。

▼そのエースの登板数が翌年から急減する。勝ち星も13勝、9勝と少なくなり、7年目以降はあまりマウンドに立つこともなくなった。肩を壊したとかではない。お気づきだろう。彼の名はベーブ・ルース。抜群の打力を買われ、毎試合出場できる外野手への転向を命じられた。通算714本塁打は現在でも歴代3位である。

▼どの行動を選ぶかで生じる利益の差は「機会費用」で説明できる。経済学者マイケル・リーズの試算では、3番手の外野手をルースに置き換えて増えた得点は年間合計29点。ルースの穴埋めに控え投手を先発に回して損したのは10点だった。「相対的にベストな活動に特化する方が状況の改善につながる」とリーズは説く。

▼そうした常識を超えると目されていた大谷翔平選手が、ワールド・ベースボール・クラシックに投手としては参加しないことになった。世界に二刀流を見せつけられないのは残念だが、起用法の機会費用に悩む必要もなくなった。出場するとなれば、打者のみでもかなりの戦力になるはずだ。豪快な打棒を楽しみにしたい。
いまから100年前、米名門球団レッドソックスで入団4年目の左腕投手が大活躍していた。初年度こそ2勝だったが、翌シーズンか  :日本経済新聞

2017年2月1日水曜日

2017-02-01

トランプ氏によるテロ懸念国市民の入国制限は、根本的な制度づくりと意識改革が必要だ。

 日本で働く外国人労働者が初めて100万人を超えたそうだ。飲食店などでさまざまな国から来た従業員に出会うから実感のある数字だが、多くの人が「勝手口」から入っている。裏口ではないが正面玄関でもない。留学や技能実習という迂回ルート経由の就業なのだ。

▼多様性の尊重だ、人材開国だと言葉は躍るけれど、こういう根本的なところで制度づくりも意識改革も遅れている現実は覆い隠せない。難民認定だって多くて年に数十人、ひとけたにとどまる年もある。トランプ米大統領による「テロ懸念国」の市民の入国制限に、腹立たしさを募らせながらも負い目のつきまとう我らだ。

▼「コメントする立場にない」「コメントを差し控えたい」。この問題について国会でただされた安倍首相の答弁だ。威勢よくトランプ批判ができる国々とは、まさに「立場」が違うといえば違うのだが寂しい話である。大統領の顔色をうかがっていた米企業も反発を強め、違憲訴訟を起こす州政府さえ出てきたというのに。

▼トランプ氏は、大統領令を否定したイエーツ司法長官代行を解任した。そのくらいは覚悟の反旗だったに違いなく、多くの米国人にとって多様性の確保がいかに大きな価値であるかが知れる。吹き荒れるこの嵐に、日本人はただ首をすくめているしかないのだろうか。まずはご都合主義の勝手口を点検しなくてはなるまい。
日本で働く外国人労働者が初めて100万人を超えたそうだ。飲食店などでさまざまな国から来た従業員に出会うから実感のある数字  :日本経済新聞