2017年3月31日金曜日

2017-03-31

力によるテロの封じ込めは必要だが、多くの市民らが犠牲になっている事実も忘れるな。

 理髪店に最も多く置かれている漫画は、さいとう・たかをさんの「ゴルゴ13」だという。大人の男性なら一度は手に取ったことがあるはずだ。「デューク東郷」を名乗る主人公は一匹おおかみの超A級スナイパー。国際政治の舞台裏で、請け負った仕事を完璧にこなす。

▼そんな人物に依頼をしたというのだから、ただごとではない。外務省が海外に進出する中小企業向けに、ゴルゴ13がテロへの備えなどを指南する漫画の連載をホームページで始めた。トーキョーの外務省に招かれたG(ゴルゴ)が、「用件を聞こうか……」と切り出す。外相が安全対策への協力を求め、物語は幕を開ける。

▼ただし最近のテロは、Gの得意な銃だけではない。車で歩行者の列に突っ込み、ナイフで襲うといった蛮行が目立つ。英ロンドン中心部で起きた事件もそうだった。治安関係者に聞けば過激派組織「イスラム国」(IS)は、「銃や爆弾がないのなら車や岩、ブーツ、拳で襲え」などとテロ行為をあおり立てているという。

▼米国などによる空爆が続き、ISは中東での支配地域を失いつつある。力によるテロの封じ込めはもちろん必要だが、その一方で多くの市民らが爆撃の巻き添えになっている事実も忘れてはなるまい。テロ対策を推し進めながら、かみしめるべきGの名言を一つ。「その正義とやらは、お前たちだけの正義じゃないのか?」
理髪店に最も多く置かれている漫画は、さいとう・たかをさんの「ゴルゴ13」だという。大人の男性なら一度は手に取ったことがあ  :日本経済新聞

2017年3月30日木曜日

2017-03-30

トランプ氏の大統領令で温暖化対策が撤廃され、世界には異常気象の暴風雨がやってくる。

 夢のようだ。指がふれると、リンゴが金にかわった。木の枝もテーブルもたちまち、まばゆい黄金になる。うかれるうちに、恐ろしいことに気づく。パンも飲み物も口にできない。娘を抱きしめようとしたら、彫像になってしまう。ギリシャ神話のミダス王の話である。

▼さわる。つかむ。もつ。つくる。ひろげる。人は手をはたらかせて、社会とかかわる。世界もかえてきた。「手にいれる」と、思うままにできる。自由に支配できる。ついには、さわったものをすべて、自分の思いどおりに動かしたくなる。「黄金の手」には、そんなとほうもない願いが、こめられているのかもしれない。

▼魔法の手をもった気分だろうか。また、トランプ米大統領が大統領令を出した。一時は温暖化対策を引っぱる構えをみせた米国の手のひら返しだ。国内産業を助けるとして、発電所の二酸化炭素の規制をゆるめ、新たな対策もやめるという。わがまま放題、なんでもできる。はしごを外された各国が、怒るのもむりはない。

▼ミダス王はのちに、発言が神の怒りにふれ、動物の耳をもらう。必死に隠しても、草原の風が「王様の耳は、ロバの耳」とつぶやきだす。いまは、風の声だけではすまない。「放言王」がスマホに指先をすべらせ、好き勝手をつぶやく間も、温暖化は進む。とまどう世界はおかまいなしに、異常気象の暴風雨がやってくる。
夢のようだ。指がふれると、リンゴが金にかわった。木の枝もテーブルもたちまち、まばゆい黄金になる。うかれるうちに、恐ろしい  :日本経済新聞

2017年3月29日水曜日

2017-03-29

雪崩の犠牲になった高校山岳部を引率していた教諭らの、リスクへの対処は正しかったのか。

 メタボ対策が主の一登山者の分際でも、雪の怖さなら少々覚えがある。ミズバショウを探した初夏の尾瀬で残雪に何度も尻もちを突いた。梅雨時分、雪原が広がる谷川岳の山頂付近で立ち往生したこともある。東京の奥多摩でさえ北斜面の道は連休ごろまで凍っていた。

▼山の雪解けは下界と長い時差を伴い、時に大きな悲劇を呼ぶ。栃木県の那須町で前途ある高校生7人と20代の教諭が雪崩の犠牲になった。あまりに痛ましい。県内の7校から計51人の生徒が参加する「安全登山講習」の場だった。専門知識のあるベテラン教諭らが引率していたというが、リスクへの対処は正しかったのか。

▼以前の雪が昼の暖かさで解け、再び凍った所へ新雪が積もった。気象台は雪崩注意報を出している。そんな場所での雪上歩行訓練だ。新幹線並みの速さという表層雪崩が起きれば避けるのは難しい。ベテランの知識になかったわけではあるまい。若い命を預かる身として危機管理のあり方が問われよう。捜査を見守りたい。

▼亡くなった生徒たちが所属していた高校の山岳部は全国大会の常連だったという。インターネット上のサイトを開くと、40人ほどの部員が遠くかすむ富士山をバックに、山陵で拳を突き上げる写真が掲載されていた。岩や緑の美しさはもちろん、人生の感動もこの仲間らと分かち合うはずだった。もう、永遠にかなわない。
メタボ対策が主の一登山者の分際でも、雪の怖さなら少々覚えがある。ミズバショウを探した初夏の尾瀬で残雪に何度も尻もちを突い  :日本経済新聞

2017年3月28日火曜日

2017-03-28

歪んだ基準をあてはめる文科省のルール作りでは、現場の杓子定規の度合いが進むだろう。

 文部科学省は不思議な役所である。職員の再就職をめぐっては、ルールを大胆に破って天下りのあっせんに余念がない。その同じ官庁が、こと教科書検定となるとにわかにルール墨守の石部金吉と化すのだ。小中高校、どの科目にも杓子(しゃくし)定規な注文をつけてばかりいる。

▼こんど公表された、道徳教科書の初の検定はその最たるものだろう。「消防団のおじさん」が登場する話は、学習指導要領が高齢者への尊敬と感謝を求めているとして「おじいさん」に修正された。町でパン屋を見つけたという記述は「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」との観点から和菓子屋に変わった。

▼道徳の教科化は、長年の論争の末に実現した経緯がある。「心の教育」は大事だが、かえって道徳心を型にはめる恐れはないか。子どもが評価を気にするようにならないか。そんな指摘が少なくなかったから、中央教育審議会も画一化を避けるよう念を押していた。それがふたを開けてみれば案の定、いつもの文科省流だ。

▼この調子だと現場の先生たちは指導要領からの逸脱を恐れ、杓子定規の度合いがどんどん進むかもしれない。そういえば杓子定規というのはもともと、杓子の曲がった柄、つまりゆがんだ基準をあてはめることを言うそうだ。自分たちだけのルールを作っていた天下りあっせんのほうも、まさに杓子定規だったわけである。
文部科学省は不思議な役所である。職員の再就職をめぐっては、ルールを大胆に破って天下りのあっせんに余念がない。その同じ官庁  :日本経済新聞

2017年3月27日月曜日

2017-03-27

森友等の土地に春のいぶきが感じられないのは、大地の営みに思いを致さなかったからだ。

 春の足は速い。もう3月がつきる。年度替わりである。職場の異動や引っ越しで、あわただしい。雑事にかまけている間にたちまち過ぎる。開花のしらせや寒の戻りは気にしても、風景の変化は見えにくい。それでも、敏感な目は、季節の俊足をしっかりとつかまえる。

▼チェコの作家、チャペックは「自然の行進」と名づけた。3月末、ネコの額ほどの庭にしゃがむ。すると枝先に小さな金の星が光る。若々しい緑が顔を出す。ついに芽の行進が始まったのだ。左、右、と前へ進む。どよめきも聞こえるようだ。しずかな庭が「凱旋行進曲」をかなで出した(小松太郎訳「園芸家12カ月」)。

▼曲が聞こえない場所もある。土地がだまっている。「森友学園」の用地には、ゴミがあふれていた。東京・豊洲市場はいまだに汚染問題がくすぶる。東日本大震災の被災地には、近づけない区域がある。汚れたままの地面もある。芽ぶきの響きは、耳にとどかない。悲しげな緑の声が、かすかに鳴っているのかもしれない。

▼先を考えない。今がよければと、大地の営みに思いをいたさなかったからではないか。そんな土地ばかりが増えては、春のいぶきも感じられなくなる。将来を考え、庭を整え、草木を育てる。園芸家精神にちょっと学んではどうか。チャペックは木を植えると、100年後、ここが巨大な森になると心の中で思ったそうだ。
春の足は速い。もう3月がつきる。年度替わりである。職場の異動や引っ越しで、あわただしい。雑事にかまけている間にたちまち過  :日本経済新聞

2017-03-26

女性の活躍をうたうなら、保育所の数を増やすとだけでなく質を高めることが大事だ。

 そこでの食事風景は一見すると「地獄絵図」を思わせた。ジャーナリストの小林美希さんが、訪ねた保育所の一部について、著書「ルポ保育崩壊」で感想を記している。手間がかからぬよう、身動きできなくされた子がいた。泣く子を怒鳴る保育士たちの姿も目立った。

▼保育士を責めるだけでは問題は解決しない。サービス残業で行事の準備をこなす。休みもとりにくい。辞職者が増え、経験の浅いスタッフだけで職場を支える。ある園長は、待機児童解消のために定員以上の子を受け入れろと役所から命じられたと嘆く。志や夢を持ちこの道を選んだ人でも、これでは丁寧な対応は難しい。

▼兵庫県姫路市の認定こども園が、定員を超す子供を入園させ、わずかな食事しか与えないなど問題のある運営をしていたとわかった。春からの利用予定者は全員辞退したという。保育士にも「遅刻したら罰金」といった裏ルールを強いていた。ここまでひどい話は例外だろうが、子を持つ親は不安感が高じたかもしれない。

▼仕事と子育てを両立させたい親たちが、子の預け先を必死に探している。しかし、見つけた先が「わが子をここに預けて大丈夫か」という疑念を感じさせるようでは、仕事を続ける決心も揺らぐ。女性の活躍をうたうなら、ただ保育所などの数を増やすだけでなく、「安心して」預けられる先を用意することが大事になる。
そこでの食事風景は一見すると「地獄絵図」を思わせた。ジャーナリストの小林美希さんが、訪ねた保育所の一部について、著書「ル  :日本経済新聞

2017年3月26日日曜日

2017-03-25

大幅値引での森友学園払い下げが重層的な忖度メカニズムによるものなら、度が過ぎる。

 「例の案件、こっちの関連だから」と先輩が親指なぞ立てて目配せする。「わかってます」と後輩。正式な指示でも機関決定でもないが、なぜか最優先事項となる。「聞いてないですよ」と反論しようものなら、KY(空気読めない)とレッテル貼りされるのが落ちか。

▼日本中、どの職場でもありそうな、上役やら得意先の意向の「忖度(そんたく)」である。言葉の意味自体「他人の心中をおしはかること」(広辞苑)とニュートラルだ。しかし、実際に使われる時は「力を持つ上の者の気持ちを先取りし、機嫌を損ねぬよう処置すること」といったニュアンスになろうか。書いていて嫌な汗がにじむ。

▼「神風が吹いたと思った」。森友学園をめぐる国会の証人喚問の場で、籠池泰典理事長はこんな表現をした。小学校の設立に当て込んだ国有地が、ゴミを理由に大幅に値引きされて払い下げられた一件についてだ。首相夫人と学園の関係や国会議員による「言葉がけ」が、財務省や出先の判断に影響を及ぼしてはいないか。

▼「重層的な忖度メカニズム」。今回、こんなものが働いたかと疑われる。理事長は首相と信条の近さを強調し、夫人付の職員名で問い合わせもあった。公開文書では確かに「ゼロ回答」だが、連絡すること自体、役所へのボディーブローだったかもしれない。究明に必要な交渉の記録は廃棄された。忖度なら度が過ぎよう。
「例の案件、こっちの関連だから」と先輩が親指なぞ立てて目配せする。「わかってます」と後輩。正式な指示でも機関決定でもない  :日本経済新聞