2014年12月31日水曜日

2014-12-31

阪神大震災から20年の来年は、何がおきても互いが助け合う穏やかな日々となるよう祈る。

2014/12/31付

 大きくなったら、どんな仕事がしたい? 小学生の男の子に聞くと、昔からの定番は、スポーツ選手や運転手といったところだ。ただ最近では、警察官や消防士、自衛官と答える子が増えているらしい。「人を助ける仕事だからなのでは」と、先生たちは分析している。

▼こうした職業の人気は、近年の災害の多発と無関係ではないのかもしれない。振り返れば、今年も気の休まる間のないほど風水害に見舞われた。ゲリラ豪雨、スーパー台風、爆弾低気圧と耳慣れない言葉がニュースで流れ、「数十年に1度」を何度も聞いた。災害現場での救出活動は子供たちの目にも焼き付いたのだろう。

▼先月、長野県北部で夜に起きた地震は、震度6弱の大きなものだった。多くの家屋が倒壊して住人が取り残されたものの、近所の人たちが家から懐中電灯やジャッキを持ち寄って救出にあたり、1人の犠牲者も出さなかった。制服を着た人たちの活躍はもちろん、普段着のたくさんのヒーロー、ヒロインがいたわけである。

▼来る年は、阪神大震災から20年の節目にあたる。このときは若者が全国から被災地に駆けつけ、ボランティア元年とも呼ばれた。新しい年が穏やかな日々となるよう心から祈る。だが災害をゼロにはできないのが現実である。何が起きても、そのたびにお互いが助け合う。そんな社会であれば、希望が失われることはない。
大きくなったら、どんな仕事がしたい? 小学生の男の子に聞くと、昔からの定番は、スポーツ選手や運転手といったところだ。ただ  :日本経済新聞

2014年12月30日火曜日

2014-12-30

今年も情報漏洩が頻発したので、対策をしっかり行い被害拡大を抑え新年に備えたい。

2014/12/30付

 ベルリンから季節の便りが届いた。支局の女性スタッフが近況とともに「ハルキ・ムラカミを見て、とてもうれしかった」と知らせてくれた。作家は独紙の文学賞を受賞。先月、壁崩壊から25年の地で「世界には民族、宗教、不寛容といった壁」が残ると講演していた。

▼彼女は日本文学が好きで、大学でも村上春樹を研究していた。親しみを込めて「村上さん」と呼ぶ。そんなファンが世界中にいる作家の長編に、「羊をめぐる冒険」がある。主人公は背中に星形の紋がある1匹の羊を追跡する。羊は人間の中に入り込む不思議な力を持っている。その行方をめぐって、物語は展開してゆく。

▼この羊は、何かの比喩なのだろう。来年の干支(えと)は、よく例えに使われる。キリスト教では、人間を「迷える羊(ストレイ・シープ)」に見立てた。牧畜が盛んな地域では大切な生活の糧だ。いなくなると困る。村落の存亡にもかかわる。むかしの中国では逃げた羊を見失って嘆く「亡羊の嘆」といった成語も生まれている。

▼現代の羊は、顧客情報だろうか。扱い次第で企業の盛衰も左右する。今年も情報漏洩が頻発した。過去5年、大手の3社に1社が流出を経験したそうだ。「亡羊補牢(ろう)」の故事がある。逃げても柵を直せば、被害拡大は防げるとの意味だが、それでは間に合わない。失う前に破れを見つけよ。そう読み替えて新年に備えたい。
ベルリンから季節の便りが届いた。支局の女性スタッフが近況とともに「ハルキ・ムラカミを見て、とてもうれしかった」と知らせて  :日本経済新聞

2014年12月29日月曜日

2014-12-29

地域の個性を活かす地方創生には、他地域との交流でアイデアを集め、魅力を引き出そう。

2014/12/29付

 柳田国男が民俗学の研究に入っていったのは、明治の末、30歳をすぎたころだ。その時期に彼が訪れ、滞在経験が財産になった土地が少なくとも2つある。ひとつは「遠野物語」の民間伝承の舞台である岩手県遠野地方。もうひとつは宮崎県の椎葉村という山間の村だ。

▼椎葉村の狩猟は獣を追い立てる者、銃で狙う者など集団方式。一方、遠野では個人で猟をする。柳田は比較して書いている。家も山腹に建つ椎葉村は奥行きが限られ、横に伸びる形になるが、遠野は母屋に馬小屋を付けるのでカギ形の曲がり屋だ。民俗学の先駆者は地域による違いを興味深くとらえて、世の中に発信した。

▼それぞれの地域に個性がある。政府が掲げる「地方創生」は、各自治体が持ち味を光らせることが大切になる。自分ではなかなか気がつかない場合もあるだろう。地域の人たちだけで考えることはない。今春から遠野市と富士ゼロックスが協力して取り組んでいる地域おこしの活動は、ほかの自治体にも参考になりそうだ。

▼廃校になった中学校を改装し、「遠野みらい創りカレッジ」を開いた。東京などの大学生や企業の社員と地元住民が交流し、地域を元気にするアイデアを出し合う。来訪者からは民家に泊まる「民泊」が古里のように安らげると好評で、これに力を入れることになった。柳田のような外の目が地域の魅力を引き出している。
柳田国男が民俗学の研究に入っていったのは、明治の末、30歳をすぎたころだ。その時期に彼が訪れ、滞在経験が財産になった土地  :日本経済新聞

2014年12月27日土曜日

2014-12-28

今年の紅白は全員参加で歌うことで、かつての戦時中のように今の時代の希望を描けるか。

2014/12/28付

 NHK紅白歌合戦の第1回は1951年に開かれた。ホームページなどではそう解説している。しかし実はその6年前、終戦を迎えたその年の大みそかに、「第0回」にあたる生放送番組があったのだという。題名は「紅白音楽試合」。もちろんテレビなどない時代だ。

▼社会学者の太田省一さんが昨年出版した「紅白歌合戦と日本人」で経緯を解説している。2人の若手局員が新しい時代にふさわしい音楽番組を考えろと命じられた。1人は素人のど自慢を企画し、今も続く。もう1人はプロ歌手の男女対抗歌合戦を思いついたが、GHQ(連合国軍総司令部)に企画書を却下されてしまう。

▼合戦(battle)は軍国主義的だから、という理由だったそうだ。題を「試合」に変えようやく実現にこぎ着けた。優勝旗や選手宣誓など、からっとしたスポーツ番組のような演出は「歌合戦」時代も目立つ。そこには時代の希望があった。男女対等の戦いも米国式民主主義を伝える役割を果たしたと太田さんはみる。

▼ヒット曲が減り、紅白の視聴率もかつてほどではない。作詞家のなかにし礼さんは近著で、戦争中のように全国民が知る歌などというものがある方がおかしく、今の方が健全だと説く。ただし「同時にそれは作品に力がないことも示す」とも。今年の紅白はテーマに全員参加で歌おうと掲げた。今の時代の希望を描けるか。
NHK紅白歌合戦の第1回は1951年に開かれた。ホームページなどではそう解説している。しかし実はその6年前、終戦を迎えた  :日本経済新聞

2014-12-27

STAP細胞問題は経緯解明を要する疑問が山積みであり、これで調査を打ち切るのは甘い。

2014/12/27付

 冬ざれの川は流れる水が減って、それまで見えなかった景色がむき出しになる。いまごろの季節のそんな眺めを「水落石出(すいらくせきしゅつ)」と言うそうだ。転じてこの四字熟語は、ベールがはがれて真相が露(あら)わになることを指すという。虚飾の水が落ちれば石ころだらけというわけだ。

▼いままさに、眼前に荒涼たる光景が広がるのはSTAP細胞をめぐる物語だろう。きのう理化学研究所の調査委員会は、小保方晴子さんらが「発見」したものはES細胞の可能性が非常に高いとする報告書を出した。予想はされていたが、ため息をつくしかない結論である。研究そのものが壮大な虚構だったということか。

▼もっとも、真実を覆い隠す水は流れ去ってはいない。調査委はES細胞混入の経緯を究明できず、これで調査を打ち切るという。オチが不出来のミステリーを読まされた感じだ。「STAP細胞はありまーす」と記者会見で訴えた小保方さんや、協力したベテラン研究者に語ってもらわねばならないことが山ほどあるのに。

▼もし故意だとすれば、いずれ露見する所業になぜ手を染めたのか。どんな思いで突っ走ったのか。そんな疑問も次々にわく。年も押しつまっての報告書公表で、この空前の不祥事も幕引きというならやはり甘かろう。11カ月前の華やかな発表に惑わされた小欄としても、悔恨をかみしめて水落石出になお目を凝らすとする。
冬ざれの川は流れる水が減って、それまで見えなかった景色がむき出しになる。いまごろの季節のそんな眺めを「水落石出(すいらく  :日本経済新聞

2014年12月26日金曜日

2014-12-26

金正恩暗殺を扱った映画ザ・インタビュー公開の決断には、オバマ大統領の喝が効いたか。

2014/12/26付

 ヒトラーを風刺したチャップリンの映画「独裁者」が米国で公開されたのは第2次大戦のさなか、1940年10月である。そのころ、チャップリンのもとには脅迫状が次々舞い込んだ。暴動を起こす、映画館に悪臭弾を投げこむ、スクリーンを蜂の巣みたいにしてやる。

▼思いあまったチャップリンは港湾労働者組合の委員長に相談した。屈強な男たちを映画館に紛れこませ、騒ぎを鎮めてもらおうというのである。そんな話が「チャップリン自伝」(新潮文庫)にある。風刺、パロディーの生命が権力に対する毒にあること、毒はさまざまな反応を引き起こすこと、いつの時代も変わらない。

▼金正恩・北朝鮮第1書記暗殺を扱った米のコメディー映画「ザ・インタビュー」は、残念ながら「独裁者」のような傑作ではなさそうだ。が、表現の自由は名作か駄作かを選ばない。サイバーテロやハッカーの脅しに方針は二転三転したが、やっとこの映画が公開された。自由の国はなんとか面目を保ったといえるだろう。

▼決断には、映画会社の弱腰をしかるオバマ大統領の喝も効いたか。さて、チャップリンの相談にくだんの委員長は笑いながら答えた。「まずそんなことにはなるまいね。きみはきみの観客の中に、そんなやくざな連中をおさえるだけの味方をちゃんともっているはずだよ」。市民への信頼、市民の責任を言い尽くしている。
ヒトラーを風刺したチャップリンの映画「独裁者」が米国で公開されたのは第2次大戦のさなか、1940年10月である。そのころ  :日本経済新聞

2014年12月25日木曜日

2014-12-25

安倍政権の3本目の矢である成長戦略の狙いを定め、的確な経済運営をしてほしい。

2014/12/25付

 作家中島敦は子煩悩だった。南洋庁の役人としてパラオ島に赴任した際、妻子に心温まる手紙を書いた。長男と聖夜を詠んだ短歌も残る。「クリスマス・ツリーに綿の雪のせつチビと笑へば雪飛びにけり」。ぜんそくが悪化、開戦1年後の昭和17年12月に33歳で没した。

▼生前、発表した最後の作「名人伝」の主人公は天下一の弓の達人になろうと志す。並びない名手に弟子入りして、苦しい修行に打ち込むこと5年。虱(しらみ)が馬のように巨大に見え始めた。ついには、連射しても、百発百中。的に当たった矢に次の矢が突き刺さり、瞬く間に百本の矢が一本のように相連なるという神域に達する。

▼第3次安倍内閣が発足した。ほぼ同じ顔ぶれで経済政策を最優先し、3本の矢でデフレ脱却をめざすという。経済は膠着が続く。円安が進んだことへの不満も広がった。財政出動、大胆な金融緩和という2本の矢は的に刺さったようだが、3本目の成長戦略は届かない。27日に決める経済対策は、4本目のようにもみえる。

▼徒然草にこんな話がある。矢を2本持って的に向かう弟子を師匠が戒める。後の矢をあてにすると、始めの矢がおろそかになる。ただ、この一矢で決すると思えと。的確な経済運営は、名人でも難しい。まして、アベノミクスは道半ばで、足踏みしている。頼みの矢ばかりが増えても肝心の的に当たらなければ意味がない。
作家中島敦は子煩悩だった。南洋庁の役人としてパラオ島に赴任した際、妻子に心温まる手紙を書いた。長男と聖夜を詠んだ短歌も残  :日本経済新聞

2014年12月24日水曜日

2014-12-24

富裕層の国際累進課税を唱え格差是正を訴える「21世紀の資本」は、話題の本だ。

2014/12/24付

 「何がクリスマスおめでとうだ!」と老人は言ってのける。「何の権利があってお前がめでたがるのかってことよ。貧乏人のくせに」。ディケンズの名作「クリスマス・キャロル」に登場する、強欲を絵に描いたような商人スクルージの悪たれ口である(村岡花子訳)。

▼そんな老人だがイブの夜にかつての相棒の亡霊に出会い、翌日から3人の幽霊によってさまざまなものを見せられた。幼いころの自分、クリスマスを祝う貧しい人々の助け合い、それを冷笑してきた自らの末路……。子ども時代にこの小説を読み、スクルージが改心する場面に胸がいっぱいになった人は少なくないだろう。

▼ディケンズがこれを書いたのは1843年、産業革命期だ。当時の英国社会の格差の広がりが背景にあるといわれる。以後170年余を経たが、資本主義と格差をめぐる問題は現代人を悩ませて議論が尽きない。トマ・ピケティ氏の大著「21世紀の資本」が世界的なブームになっているのも、その焦慮の表れかもしれない。

▼格差のメカニズムに迫り、富裕層への国際累進課税を唱えるこの本は批判も含めて話題の的だ。5500円もの邦訳本が書店に平積みという光景はまれだろう。さて「クリスマス・キャロル」では、かの老人は心を入れかえ雇い人の給料を上げる。そんな物語を思いつつ、刺激的な「21世紀――」のページをめくってみる。
「何がクリスマスおめでとうだ!」と老人は言ってのける。「何の権利があってお前がめでたがるのかってことよ。貧乏人のくせに」  :日本経済新聞

2014年12月23日火曜日

2014-12-23

ハッカー集団によるソニーの機密情報漏洩事件から、日常に潜む危険性に脅威を感じる。

2014/12/23付

 出社して自分の机に着いたら、まず端末を立ち上げる。ほとんど意識することもない毎朝の習慣になっている人が、少なくないだろう。届いていたメールに目を通して、必要ならば返事を書いて送る。その日の予定をチェックし、時には調整する。いわば日常の一部だ。

▼11月24日朝、米カリフォルニア州のソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)本社に出勤してきた社員たちは、さぞ驚いたのではないか。立ち上げた端末の画面に「これは始まりにすぎない」との言葉。そして恐ろしい警告。SPEの内部情報はすべて手に入れた。要求に従わないなら機密情報を公開する……。

▼米メディアによると、ハッカー集団が盗み出した情報の量は、およそ100テラバイト。世界で最大級の図書館、米国議会図書館が収蔵する印刷物をすべて足し合わせて10テラバイトほどなので、想像を絶する規模だ。機微に触れるデータも多かったとか。社員の個人情報、幹部たちの悪口メール、未公開映画の映像や脚本、などなど。

▼厚かましくも「平和の守護者たち」を名のるハッカー集団は許しがたい。今更いうまでもない。ただ、かくも膨大な、外に漏れてはならない情報が盗まれたこと自体に、底冷えするような感覚を禁じ得ない。日常のかたわらに、実はブラックホールがぽっかりと口を開けているような。時代の一面というべきなのだろうか。
出社して自分の机に着いたら、まず端末を立ち上げる。ほとんど意識することもない毎朝の習慣になっている人が、少なくないだろう  :日本経済新聞

2014年12月22日月曜日

2014-12-22

空港の愛称だけでなく、観光名所も旅行客にとって居心地のいい空間にしてもらいたい。

2014/12/22付

 久しぶりに飛行機に乗り、機内誌を見て驚いた。いつの間にか、空港の名前がにぎやかになっている。土地の名物を織り込んだ富士山静岡や徳島阿波おどり空港。動植物の名がついた対馬やまねこ、五島つばき空港。富山きときと空港のように方言が入ったものもある。

▼わが町を元気にしたいという願いが伝わってくる。鳥取では米子鬼太郎空港に続き、いまある鳥取空港が鳥取砂丘コナン空港として生まれ変わることになった。「ゲゲゲの鬼太郎」「名探偵コナン」の作者が地元出身であることが由来である。漫画のキャラクターが訪れる人を出迎えてくれる空港が、2つもできたわけだ。

▼愛称ブームは、地方空港の経営が苦しいことの裏返しでもあろう。あてにした格安航空会社(LCC)も特効薬とはいかないようだ。やっとの思いで誘致した路線が、実績が上がらないまま廃止されることだって珍しくはない。お金をあまりかけず、アイデア勝負でなんとか活性化につなげたいという気持ちはよくわかる。

▼空港はその地方の空の玄関である。親しみや温かみにあふれ、旅行客が扉を開けて入ってみたいという思いを抱いてくれるのであれば、一瞬驚くようなネーミングでも悪くはないのだろう。ただし玄関を飾るだけでなく、肝心の家の中をいま一度見回し、より居心地のいい空間にしてもらいたい。まだ大仕事が残っている。
久しぶりに飛行機に乗り、機内誌を見て驚いた。いつの間にか、空港の名前がにぎやかになっている。土地の名物を織り込んだ富士山  :日本経済新聞

2014年12月21日日曜日

2014-12-21

女性副社長の横暴で高まる大韓航空への反発はパロディー精神を発揮できる分まだ健全だ。

2014/12/21付

 韓国でマカデミアナッツの売り上げが急増しているそうだ。大韓航空の女性副社長が自社機で米国から帰国するさい、ナッツを袋入りのまま出されたことに逆上した事件の余波である。そのナッツがマカデミア、ということでにわかに世の好奇心がうずいているらしい。

▼ナッツが原因で機体を搭乗口に引き返させたからナッツリターン、その航空会社はナッツ航空、ナッツ航空を傘下に置く財閥令嬢のご当人はナッツ姫……とこの話題をめぐっては日本でも面白おかしい物言いがにぎやかだ。たくましい諧謔(かいぎゃく)の根っこには、親の七光で専横をきわめる者への古今東西共通のうっぷんがあろう。

▼もっともこんどの問題は、韓国ではお嬢様の横暴にあきれているだけでは済まなくなってきたようだ。副社長職などを退いた彼女だが検察の捜査を受け、会社も運航停止処分か課徴金を科されそうだという。財閥への反発も一段と高まっていて、かの父親が組織委員長を務める2018年冬季五輪にも影響が及びかねない。

▼小さな木の実がなんとも大きな騒ぎを引き起こしたわけだが、それでもメディアが怒り、人々がパロディー精神を発揮し、面白がってナッツを買いに走るなどというのはまだ健全な社会ではある。思えば北緯38度線の向こう、3代目の統べる国では闇から闇へのナッツリターン事件がきっとたくさん起きていることだろう。
韓国でマカデミアナッツの売り上げが急増しているそうだ。大韓航空の女性副社長が自社機で米国から帰国するさい、ナッツを袋入り  :日本経済新聞

2014年12月20日土曜日

2014-12-20

東京駅の外観は修復され変わったが、人が出会い新たな記憶を刻む駅の力は変わらない。

2014/12/20付

 駅は巨大な記憶の箱である。大正11年3月、19歳の娘は夫の待つ欧州へ出発した。華やかな見送りだった。停車場で父は皆の後ろにいた。車が揺れ始めた時、微笑し、うなずくのを見た。それが最後だった。娘は思い出を書いて、作家になった(森茉莉「父の帽子」)。

▼翌年、関東を襲った大地震に耐えた駅舎を俳人高浜虚子は見ている。東京駅で降り丸ビルにある雑誌「ホトトギス」発行所に通っていた。百年前の完成当初は、「こんな広い不便なものを造ってどうするつもりか」というつぶやきも聞いた。すぐに乗降客が増えて、「もう少し広くしておけば」に変わったと回想している。

▼東京大空襲でドームが焼け落ちた。詩人及川均は駅前で玉音を聞いた。記憶は詩になった。「赤錆(さ)びた鉄骨の間から空が陥(お)ちていた。莫大量の重さをせおつて。そして風呂敷包をさげておれは歩きだした」(「昭和二十年八月十五日午後東京駅正面降車口広場」)。3階建てを2階にする応急措置で、戦後60余年が過ぎた。

▼一昨年、ドームを復元し創建の姿に戻った。外観は変化しても箱の力は変わらない。昔、新幹線で着いた父と車寄せ辺りで休んだことがある。暑い日で帽子を置き忘れた。いまも側を通ると、どこかに父の帽子があるような気がしてくるから不思議だ。開業100周年の駅で、今日も人が出会い、新たな記憶を刻んでゆく。
駅は巨大な記憶の箱である。大正11年3月、19歳の娘は夫の待つ欧州へ出発した。華やかな見送りだった。停車場で父は皆の後ろ  :日本経済新聞

2014年12月19日金曜日

2014-12-19

米国とキューバ両国の国交回復の交渉への反発もあるが、外交に楽観が必要なこともある。

2014/12/19付

 「人間、ぶちのめされたって負けることはねえ」(小川高義訳)。ヘミングウェイの「老人と海」の主人公の独白である。この一節を、キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長は「国の歴史を貫く鬨(とき)の声だ」と受けとめ、集会や行進のスローガンにしたという。

▼社会主義革命が1959年。米国との断交は61年。キューバに22年も住んだヘミングウェイが故国米国で自殺したのも、同じ61年だった。以来半世紀、キューバは米国にとって「裏庭のたんこぶ」であり続け、折りに触れて上がる反米の鬨の声が関係に冷や水をかけてきた。その両国が国交回復の交渉を始めると発表した。

▼オバマ米大統領は残り2年の任期を飾る記念がほしいのだ、との見方がある。キューバも反骨の建前ばかりにこだわってはいられない。仲直りにはどちらからも反発は出ようが、狭い海を挟んだ隣国同士である。冷戦が終わって四半世紀もたった。違いは違いとして共存しようという動きを、世界はおおむね歓迎している。

▼前議長はヘミングウェイが好きで、なかでも「老人と海」の老漁師の独白にひかれていた。やっと仕留めたカジキを狙う1頭目のサメをやっつけて「負けることはねえ」とつぶやいた老人は、続けて独りごちる。「このまま進めばいい。来るものが来たら、そのときのことだ」。外交にもそうした楽観が必要なこともある。
「人間、ぶちのめされたって負けることはねえ」(小川高義訳)。ヘミングウェイの「老人と海」の主人公の独白である。この一節を  :日本経済新聞

2014年12月18日木曜日

2014-12-18

賃金交渉結果は会社の体力によりバラツキが出る為、労働者に勘違いされるリスクがある。

2014/12/18付

 7日に亡くなった根本二郎・元日本郵船社長は財界労務部といわれた日経連の会長時代に慌てたことがある。1996年1月、日本の生産性の低迷を考えベースアップ(ベア)の見送りを表明した。ところが豊田章一郎・トヨタ自動車会長(当時)らが反発したからだ。

▼「賃上げする企業があれば止められない」と豊田氏。自社の業績回復が背景にあった。そんな声を聞いた根本氏は、個別企業は支払い能力をもとに判断することになるとの談話を出すなど対応に追われた。結局、その年の賃上げは消費を冷やすのを嫌った自動車や電機各社が前年を上回る額で決着。鉄鋼はベアが復活した。

▼こうした例からもわかるように賃金交渉は、経済界として方針を掲げても結果は企業によってバラツキが出る。会社の体力が違うためだ。来春の交渉はどうなるだろう。賃金を抑え込もうとした根本氏とは逆に、日経連を統合した経団連はアベノミクスを応援するため増額を呼びかける。会員企業は応じてくれるだろうか。

▼心配なのは政府の要請でもあるからと無理をして賃上げした場合に、労働組合や社員に会社の真の実力が誤って伝わることだ。「うちは結構もうかってるじゃないか」と勘違いされるリスクはないか。翌年の賃金交渉の議論がかみ合わなくなる恐れもある。春の労使交渉は始まってから来年で丸60年。節目に危うさも漂う。
7日に亡くなった根本二郎・元日本郵船社長は財界労務部といわれた日経連の会長時代に慌てたことがある。1996年1月、日本の  :日本経済新聞

2014年12月17日水曜日

2014-12-17

20代の投票率は、政府に低成長世代を惹きつける政策がなければ、今後も下降するだろう。

2014/12/17付

 今回の衆院選の直前、角川アスキー総合研究所とドワンゴが、20代を対象に政治意識を調査した。そのなかに、投票に行かないと決めている若者に対し理由を聞いた結果がある。「投票したい」と思う候補者がいない、政党や政策がない、という答えが多かったという。

▼ならば若い世代の望みはどこにあるのか。日本が目指す方向として20代全体でトップになったのは「結婚や子育てといった基礎的な人間生活が保障される社会」だ。以下、次の世代へ負担を与えない社会、多様な価値観や考え方が認められる社会、と続く。それぞれの生活を、普通に送りたい。そんな堅実さが読み取れる。

▼政治的な話題への関心度では、消費増税先送りを筆頭に年金、雇用、医療・福祉など身近な話に4割前後が「関心あり」と答えた。アベノミクスはようやく6位。国際情勢や憲法改正に関心を持つ人は2割強だ。「政治家たちが訴えた争点と、20代の関心との間に齟齬(そご)があったのではないか」。調査担当者はそう分析する。

▼かつて衆院選の投票率は、どの年齢も7割台近辺にあった。20代が他よりもぐっと落ち込むのはバブル崩壊以降だ。政治の側に低成長世代の思いをくみ取る努力が足らなければ、今後もこの傾向は続こう。例えば今回、将来世代の負担減や年金問題をもっと正面から訴える党があれば、若者の心を引きつけたかもしれない。
今回の衆院選の直前、角川アスキー総合研究所とドワンゴが、20代を対象に政治意識を調査した。そのなかに、投票に行かないと決  :日本経済新聞

2014年12月16日火曜日

2014-12-16

党首落選の民主党は議席は若干上積みしたが、その重み苦渋を肝に銘じ再出発をしろ。

2014/12/16付

 「忍」――。民主党の海江田万里さんは経済産業大臣を務めていたとき、手のひらにこの1字をしたためて国会審議に臨んだことがあった。東日本大震災のあと、原発政策をめぐり菅直人首相との確執が表面化していたころである。じっと我慢の心境ではあっただろう。

▼やがて下野した党の代表に就いてからも、ひたすら「忍」の日々だったに違いない。しかしただ耐えてみせるばかりで、巨大与党と渡り合う迫力はついぞ感じさせなかった人である。やはりといっては失礼か、衆院選で比例復活もならず代表辞任を表明した。野党第1党の党首落選は片山哲・社会党委員長以来65年ぶりだ。

▼海江田さんが人気者だった時代もある。タレント経済評論家として知られ、「とにかく速く自分のお金が二倍になる本」といった利殖ガイドなど物していた。リーダーの器かどうか首をかしげるのだが、この党の幹部らは惨敗を喫した組織のかじ取りをババ抜きみたいに押しつけたのだから罪が深い。非は全体にあるのだ。

▼そんな民主党に、けれど有権者はいくらかの議席上積みを果たさせた。安倍自民の1強支配に抗する勢力の必要性を考え、過去のさまざまな失敗にも目をつむって投じられた票も少なくなかっただろう。投票用紙に「忍」の1字が透けるというものである。その重み、その苦渋を知って本当の再出発を期さないと次はない。
「忍」――。民主党の海江田万里さんは経済産業大臣を務めていたとき、手のひらにこの1字をしたためて国会審議に臨んだことがあ  :日本経済新聞

2014年12月15日月曜日

2014-12-15

この衆院選は国民による政府統制は不十分だったが、疑うことをやめない精神で統制しろ。

2014/12/15付

 半世紀も前だが、正面に少女を描いた明治の粉ミルクの缶があった。絵の少女は同じ缶を手にしていて、その缶にも少女が描いてある。その少女も缶を持ち、そこに少女が……。ずっと続いていく絵柄を自ら政治に向き合う姿に重ねていたのが作家の井上ひさしである。

▼「ぼくもいまは左ふうのことを言っているんですが、左が世の中をとったときに、やっぱりそれにも反対するだろうと思うんですね」。ある対談でそう語っていた。応援する勢力が勝ったらまた違う方に回ってもの申す。それがとめどなく続いていくイメージだという。批判し、疑うことをやめない精神、といえばいいか。

▼民主主義とは? 難問である。著名な日本研究者で駐日米大使もつとめたエドウィン・ライシャワーは「一般国民による政府の統制をできるだけ平等かつじゅうぶんに許す政治制度」と定義した。その通りだが、この衆院選の投票率は過去最低だという。国民による統制はじゅうぶんには働かなかった。そういうよりない。

▼「いまなら勝てるから」と師走選挙に踏み切った安倍政権も、政権に思うがままを許した野党も、「棄権」という名の権利を謳歌した有権者も、民主主義には責任がある。しかし、国民が政府を統制する機会は選挙以外にもあろう。そのために井上ひさし流である。「とめどなく批判し、疑うことをやめない精神」である。
半世紀も前だが、正面に少女を描いた明治の粉ミルクの缶があった。絵の少女は同じ缶を手にしていて、その缶にも少女が描いてある  :日本経済新聞

2014年12月14日日曜日

2014-12-14

投票権を放棄した人達は、政治の側から保護に値しないと思われているかもしれない。

2014/12/14付

 「消費税は所得が多い人にも少ない人にも等しくかかるからね」「でも、国の借金を放っておいちゃいけないじゃない」。地下鉄に乗っていたら、こんな会話が聞こえてきたので驚いた。話の中身ではなく、声の主にである。カバンを背負って、半ズボンをはいていた。

▼どう見ても小学校の5、6年生といったところだ。毎日、衆院選のニュースに目をこらし、学校や家庭でも「議論」しているのだろうか。思えばいま行う選挙の結果は、この子たちが大人になるころの社会へとつながっていく。国の財政のあり方を真面目に話す2人を見ていて、なんだか申し訳ないような気持ちになった。

▼法律の世界に「権利の上に眠るものは、保護に値せず」という格言がある。民事上の時効を設ける理由の一つとされるものだ。おカネを貸したのに、請求する権利を行使しないままでいるのなら、その貸しはなかったことになる。衆院選の投票率が戦後最低に落ち込むとの懸念を聞けば、この格言が胸に迫ってくるようだ。

▼無風だろうが、大義がなかろうが、投票しなければなにも始まらない。有権者の半数ほどしか参加しない選挙であるなら、「政治に関心がないので、適当にお願いします」が第1党ということになってしまう。投票権があるのに眠り続ける人たちは、政治の側からはすでに「保護に値しない」と思われているかもしれない。
「消費税は所得が多い人にも少ない人にも等しくかかるからね」「でも、国の借金を放っておいちゃいけないじゃない」。地下鉄に乗  :日本経済新聞

2014年12月13日土曜日

2014-12-13

死と再生を繰り返す自然の営みの様に、アベノミクスは再び生命力を取り戻せるのか。

2014/12/13付

 アンデルセンの「即興詩人」(森鴎外訳)にこんなくだりがある。主人公アントニオの舟が突然、竜巻に遭う。混乱した船頭は「尊きルチア、助け給へ」と叫ぶ。気づくとカプリ島の青の洞窟に漂着していた。金銀財宝の入った壺(つぼ)を見つけ、盲目の少女ララに救われる。

▼祈ったのはナポリ民謡に歌われた聖ルチア。政略婚を拒み目をくりぬかれ殉教した。目と光の守護聖人。北欧諸国などでは、今日がその祝日だ。ロウソクの冠をかぶった少女たちが闇の中を練り歩く。キリスト教が普及する前の「光の祭り」と結びついた伝統行事。冬至のころ、厳しい冬を追い出し、春を呼ぶ儀式らしい。

▼明日は赤穂浪士討ち入りの日である。劇的事件には冬の王を倒し春を招く太古からの祭祀(さいし)が隠れているとの指摘がある(丸谷才一「忠臣蔵とは何か」)。権勢を誇った冬も滅び、やがて春が訪れる。死と再生を繰り返す自然の営みを反乱劇が再現してみせる。そこに日本人の心を揺さぶり続ける秘密があるのかもしれない。

▼いま起きていることにも、そんな祭儀がひそむと想像してみる。明日の衆院選は冬を追い払い、春を招くだろうか。円安や景気悪化で、くたびれてきたアベノミクス。国民の審判を受けて再び生命力を取り戻せるのか。なにしろ、日本再生がかかっている。守護聖人への祈りや祝祭劇だけで、終わらせるわけにはいかない。
アンデルセンの「即興詩人」(森鴎外訳)にこんなくだりがある。主人公アントニオの舟が突然、竜巻に遭う。混乱した船頭は「尊き  :日本経済新聞

2014年12月12日金曜日

2014-12-12

容疑者への過酷な拷問による事情聴取は、真実に迫れず新たな虚偽をつくるだけだ。

2014/12/12付

 江戸時代の大奥をめぐる出来事のひとつに、絵島事件がある。正徳年間というから18世紀初め、将軍家継の生母に仕えていた絵島は門限に遅れたため歌舞伎役者の生島新五郎との仲を疑われ、過酷な取り調べを受けた。このときの拷問が「うつつ責め」なるものだった。

▼のべつ幕なし尋問を浴びせかけ、夜も昼もいっさい眠らせない。古くからある自白強要の手口だが、絵島が受けた責め苦はひときわ激しかったという。そんな前近代の物語と変わりのない所業が、こともあろうに現代の米国で繰り広げられていた。ブッシュ前政権下で、中央情報局(CIA)がテロ容疑者に働いた狼藉(ろうぜき)だ。

▼顔に大量の水を注ぐ。氷風呂に漬ける。真っ暗な独房に入れて大音響を流す。立たせたまま180時間眠らせぬ、究極の「うつつ責め」もあった。上院特別委員会が公表した報告書はおぞましいの一言だ。こういう文書の公表は新たなテロを招くとの声もあるが、秘匿しつづけるにはあまりにも重い過ちだったに違いない。

▼これほどの拷問もしかし、容疑者から情報を引き出すのに効果はなかったという。人はしばしば苦痛に耐え、あるいは苦痛のあまり虚偽を語るのだ。かの絵島事件では、睡眠を断たれても絵島は頑として否認、生島のほうは石抱きを強いられてウソの自白をしたとされる。古今東西、拷問は真実に迫れず「事件」をつくる。
江戸時代の大奥をめぐる出来事のひとつに、絵島事件がある。正徳年間というから18世紀初め、将軍家継の生母に仕えていた絵島は  :日本経済新聞

2014年12月11日木曜日

2014-12-11

制御不能の中国の違法取引から、日中経済力の逆転と中国の順法意識不足を感じる。

2014/12/11付

 アフリカ大陸の東南部、タンザニアにある「セルース猟獣保護区」は、いろんな哺乳類が暮らしていることで知られる。名前からうかがえるように、狩猟用の動物を保護するため設けられたのが始まりだ。今では狩猟は禁止。1982年に世界自然遺産に登録された。

▼面積はおよそ5万平方キロ。九州よりも広い動物たちの楽園だ。ところが、ここで暮らす哺乳類の中でも最も大きいゾウの数が、この5年で半分に減ったという。ロンドンに拠点を置く非政府組織(NGO)が先月、発表した。元凶は象牙をねらった密猟の横行。そして象牙の最終的な仕向け地は、なんといっても中国だ。

▼取り締まりの努力がなされてはいる。だが中国国内の値段が高騰しているため、犯罪組織や腐敗した官僚たちが大胆になっているらしい。習近平国家主席が昨年タンザニアを訪れた際、その専用機が密輸組織に利用された疑いさえ指摘されている。おとといには別のNGOが、中国の違法取引は制御不能だ、と警告した。

▼象牙といえば日本向けが目立った時代もあった。そう昔ではない。日中の経済力の逆転を実感する。同時に、日本人の順法意識や動物愛護の精神が強まったのかも、と考えたりもする。「衣食足りて礼節を知る」とは中国の古典から来た言葉だが、礼節にいたる前に欲望が膨れあがる時期がある、と注釈を加えたくなる。
アフリカ大陸の東南部、タンザニアにある「セルース猟獣保護区」は、いろんな哺乳類が暮らしていることで知られる。名前からうか  :日本経済新聞

2014年12月10日水曜日

2014-12-10

レバ刺しの過剰規制による摘発と同様に、基準の見えない秘密法での摘発も安心できない。

2014/12/10付

 レバ刺しを出した焼肉店経営者ら逮捕――。この1年ほどの間に、こんな摘発が2度もあったのをご存じだろうか。おととしの夏に食品衛生法で牛の生レバー提供が禁止となり、やがて警察は強権発動に踏み切ったのだ。法律が独り歩きするケースの見本かもしれない。

▼官による過剰規制を憂える声は少なくなかったが、まさか逮捕までは……と誰もが思っただろう。しかし条文があればその執行は辞さないのが警察や検察というものだ。きょう施行の特定秘密保護法をめぐる不安もそこに根ざしている。外交や防衛の機密を漏らした公務員などに最高で懲役10年を科すコワモテぶりである。

▼心配ご無用、と政府は拡張解釈の禁止や報道の自由への配慮などをうたった。秘密指定の対象も細分化してはいる。しかし、それでもなお曖昧な部分が多く、間違った指定を防ぐための仕組みも堅固ではない。「知る権利」は尊重すると言いつつ厳罰が控えているのだから、この法律のいやな感じはなかなか払拭が難しい。

▼禁令はそれ自体が人々を縮み上がらせ、実際に摘発例が出ると威力が倍加する。よもや秘密法の運用がそういう展開をたどるとは考えたくないが、レバ刺しの件を思えば高をくくってもいられない昨今だ。そして困ったことに、レバーは生か焼きか見ればわかるけれど、特定秘密は何がそれなのか向こうにしかわからない。
レバ刺しを出した焼肉店経営者ら逮捕――。この1年ほどの間に、こんな摘発が2度もあったのをご存じだろうか。おととしの夏に食  :日本経済新聞

2014年12月9日火曜日

2014-12-09

罪のない人々が犠牲にならないよう、日本は戦争のない国であり続けないといけない。

2014/12/9付

 終戦間際の話だ。もし米軍が海から東京周辺に上陸したら、北関東の戦車部隊が迎え撃つため南下することになっていた。しかし、大八車を引いて北へ逃れる人の群れで道はごった返すだろう。どうすればいいか。尋ねられた上官は言ったという。「踏みつぶしていけ」

▼問いかけた当の戦車兵だった作家・司馬遼太郎は後に、この一事が戦争とは何かを集約する「いちばんのことだった」と振り返っている。若くて感じのいい上官が、作戦とも呼べない絵空事の迎撃作戦を振りかざし、「人を踏みつぶせ」と命じる。司馬は「なぜ、こんなばかな国に生まれたんだろう」と考えていたという。

▼戦争や内戦をきっかけに世界のできごとに関心を持ち、地図が頭に入るという経験がある。旧ユーゴも中東、アフガニスタンも、最近ならウクライナもそうだ。がれきの山や兵器、軍服姿の映像が日々流れ、戦争を見知り聞き知った気になる機会にはこと欠かない。「そうじゃないんだ」と書いたのが作家・山口瞳である。

▼「一緒に冗談を言いあって遊んでいた兄が、隣の評判の孝行息子が、応召で戦地に連れていかれたと思ったら、たちまちにして遺骨になって帰ってくる。それが戦争なんだ」。73年前のきのうきょう、この国は真珠湾攻撃の戦果の興奮に包まれていた。踏みつぶされぬ。灰にはならぬ。そんな国であり続けないといけない。
終戦間際の話だ。もし米軍が海から東京周辺に上陸したら、北関東の戦車部隊が迎え撃つため南下することになっていた。しかし、大  :日本経済新聞

2014年12月8日月曜日

2014-12-08

グローバル企業が顧客の安全を第一とし、国際的なリコールに踏み切るのは難しい問題だ。

2014/12/8付

 企業向けに書かれた危機管理の教科書を開けば、必ず出てくるのがタイレノール事件である。1982年、米国の製薬会社ジョンソン・エンド・ジョンソンの主力商品だった解熱鎮痛剤タイレノールに、何者かが毒物を混入した。シカゴ周辺で、少女ら7人が死亡する。

▼会社は原因がはっきりしないうちからリコールに踏み切る。新聞やテレビで繰り返し呼びかけ、全米で3100万個を回収した。大きな損失を出したが対応は好感され、ほどなく売り上げも回復する。この教訓を思い出させるのがタカタ社製エアバッグの問題である。同社の姿勢を消極的とみた米国の批判は高まる一方だ。

▼事情はいろいろあるだろう。だが追い詰められる形でリコールが広がり、そのたび企業イメージは損なわれる。危機管理に詳しい弁護士の中島茂さんは、これまで苦悶(くもん)の表情でリコールを決断する経営者を何人も見てきた。それでも判断基準はただ1つ。ユーザーの安全である。鉄則は「迷うならリコール」なのだという。

▼タカタはアジアや欧米などの20カ国に、50を超える生産や販売の拠点を持つ。まさにグローバルな会社だ。商品やサービスが評価され、企業の活動が海外に広がれば広がるほど、国際的なリコールの決断を迫られる可能性もついて回る。どのように備えればいいのか。なんとも難しく、そして避けては通れない問題である。
企業向けに書かれた危機管理の教科書を開けば、必ず出てくるのがタイレノール事件である。1982年、米国の製薬会社ジョンソン  :日本経済新聞

2014年12月7日日曜日

2014-12-07

地方への頭脳労働者集積で住民を豊かにし、若い世代のベンチャー精神を生かしたい。

2014/12/7付

 ある街で小さな企業が大きく育ち、関連産業が生まれ、住民が豊かになっていく。米シアトルがその一例だ。マイクロソフトの創業者が故郷、シアトル近郊に本社を移して30年余り。この間の変化を、米国の経済学者が「年収は『住むところ』で決まる」で描いている。

▼移転当時のシアトルは製造業の不振で失業率も高く、人口減と犯罪の多さに悩んでいた。今では高い技術を持つ労働者が増え、同じ学歴同士で比べても他の街より賃金が高い。マイクロソフトの社員が増えただけではない。元社員の起業した会社が近辺に2000社以上ある。投資家が集まり、ますます起業しやすくなる。

▼ネット通販のアマゾン、コーヒーのスターバックスもシアトルのこうした環境から出発し、世界企業になった。非営利団体への寄付も集まりやすく、大学や病院、博物館なども充実しているという。こうした例が各地で増え、いまや「頭脳労働者が集積した街の高卒者の年収は、そうではない街の大卒者より高い」そうだ。

▼衆院選が近づき、街角で候補者が政策を訴えている。補助金、公共事業、大手企業の工場誘致。そうした中央頼みはもう続かないことに有権者も気づいているのではないか。都会で地方暮らしへの関心が高まっている。特に若い世代では、のんびり志向の人よりベンチャー精神の持ち主が目立つ。うまく生かしていきたい。
ある街で小さな企業が大きく育ち、関連産業が生まれ、住民が豊かになっていく。米シアトルがその一例だ。マイクロソフトの創業者  :日本経済新聞

2014年12月6日土曜日

2014-12-06

容疑者の身柄拘束を退ける割合が毎年増加している事は、検察の無頓着、無責任の証しだ。

2014/12/6付

 町奉行の下で市中の見回りや取り調べにあたる与力に辣腕でならす男がいた。ある日、思い立つことがあって家に帰ると着替えもせず下男を「金を盗んだな」と問い詰めた。無実は承知のうえである。もちろん下男は否認したが、厳しい追及にやがて罪を認めてしまう。

▼自慢の強引な吟味が冤罪(えんざい)を生むのにショックを受けた与力は、職を辞し隠居したという。東京・北の丸公園の国立公文書館で開催中の「江戸時代の罪と罰」展でそのいきさつを知った。人を裁くときいかにして冤罪を防ぐのか。いつの世も問題である。いまでいうなら、「人質司法」見直しをめぐる議論もその一つだろう。

▼逮捕した容疑者や裁判が始まった被告の身柄を捜査当局が長い間拘束する。その間に都合よく供述させたり、否認する限りは自由になれないと脅したりする。そんな批判が「人質司法」の言葉にはこもる。逃げたり証拠を隠したりの可能性を吟味して拘束の是非を決めるはずの裁判所も、検察の言いなりだといわれてきた。

▼その裁判所が変わってきたと本紙が報じていた。容疑者の身柄拘束を求める検察の訴えを退ける割合はほぼ毎年上がり続け、11年間で0.1%から1.6%になったという。これで十分だとは言えないのだろうが、むしろかつての千件に1件という数字に驚いた。事実上はゼロ。裁判所が無頓着、無責任だった証しである。
町奉行の下で市中の見回りや取り調べにあたる与力に辣腕でならす男がいた。ある日、思い立つことがあって家に帰ると着替えもせず  :日本経済新聞

2014年12月5日金曜日

2014-12-05

ミシュランや食べログの料理の評価にはほどほどに付き合い、料理を堪能しよう。

2014/12/5付

 花のお江戸の人々は外食が大好きだった。屋台のすしや天ぷらをつまんだり、そばをすすったり、うなぎの蒲焼(かばや)きや豆腐料理の店にも足を運んだようだ。だからグルメガイドも出版されていて、たとえば嘉永年間にはその名も「江戸名物酒飯手引草」なる本が出ている。

▼当時は相撲の番付になぞらえた料理店のランキングも人気だったという。それも高級料亭あり、うなぎ屋ありで、つまり昔からちまたの店の格付けをひどく気にするわれらである。そんな伝統ゆえか7年前に日本に上陸した「ミシュランガイド」も世に定着、ミシュラン掲載の店へ行ったのが自慢のおじさんもおられよう。

▼きょう発売の新しい東京版は、星なしだが5000円以下の良質店という区分けの店を大幅に増やしている。リストを眺めればラーメンに焼き鳥、おでん、とんかつと庶民的だ。こういう店が安くてうまいのは先刻承知だが、この本に載ったとなれば星なしもまた星の一種。ハクがついて気安く出向けなくなるかもしれぬ。

▼「食べログ」で何点か。どんな書き込みがあるのか。ミシュランには縁がないという人も、飲食店の評価をついネットなんぞでチェックしてしまいがちな昨今である。店に行く前になんだか腹ならぬ頭がいっぱい、情報に振り回されて料理の味はあまり覚えていない……。星にも点数にも、ほどほどに付き合うことである。
花のお江戸の人々は外食が大好きだった。屋台のすしや天ぷらをつまんだり、そばをすすったり、うなぎの蒲焼(かばや)きや豆腐料  :日本経済新聞

2014年12月4日木曜日

2014-12-04

棋界の海外勢の実力が向上し日本勢劣勢な状況を、故・瀬越なら本望だというだろう。

2014/12/4付

 「そんな素晴らしい少年を呼んだら君らは皆、やられるぜ」。こう言われて瀬越憲作は答えた。「本望です」。「やられるくらいでなくちゃ」呼ぶ甲斐がない、とも言った。こうして呉清源少年は1928年の秋、14歳で海を渡って日本の棋界に飛び込むことになった。

▼桐山桂一氏が「呉清源とその兄弟」で紹介しているエピソードだ。棋界の実力者だった瀬越八段が、棋譜をみてほれ込んだ北京の天才少年を日本に招こうと考え、政界の重鎮だった犬養毅に助力を求めた際のやりとり。からかい気味に「やられるぜ」と応じた犬養に「本望です」とたんかを切った瀬越の姿は、かっこいい。

▼来日した後の呉清源さんの活躍は言うまでもなかろう。呉さんのお弟子さんにあたる林海峰名誉天元や、呉さんの好敵手だった木谷実九段の門下の趙治勲二十五世本因坊ら、日本の棋界を引っ張ってきた海外出身の棋士は多い。呉さんはそういった棋士たちの先駆けでもあった。瀬越の「本望」はかなった、というべきか。

▼囲碁は中国で生まれたゲームだが、長く日本の棋界が研究の先端を走っていた。1980年代くらいから、中国や韓国、台湾の棋界の実力が向上し、今では国際的な手合いでは日本勢がむしろ劣勢という印象がある。瀬越が生きていたなら改めて「本望です」というのではないか――。呉さんの訃報に、そんなことを思う。
「そんな素晴らしい少年を呼んだら君らは皆、やられるぜ」。こう言われて瀬越憲作は答えた。「本望です」。「やられるくらいでな  :日本経済新聞

2014年12月3日水曜日

2014-12-03

不良を演じた故・菅原文太の晩年は農業や平和運動に注力し日本の大切な部分に貢献した。

2014/12/3付

 「私は、自分の内部の不良少年に絶えず水をやって、枯死しないようにしている」。そう書いたのは哲学者の鶴見俊輔さんである。言うほど水やりはたやすくない。気づけば身過ぎ草、世過ぎ花ばかりが心のあちこちにはびこり、とげっぽいのは枯れかけていたりする。

▼そんなときは映画館に駆け込めばいい、という時代があった。客の内部の不良少年にスクリーンからたっぷり水をかけてくれるスターがいたからである。そんな役回りを演じた菅原文太さんが81歳で逝った。「仁義なき戦い」の広島やくざに、満艦飾の大型トラックを操るひょうきんな「一番星」に、不良はあふれていた。

▼寅さんとは違うタイプの不良だ。その姿に生き返る気がした人は多かろう。晩年は映画を離れ、農業や平和運動に力を注いだ。妻の文子さんが、小さな種を二つまいて去った、とコメントを出している。無農薬有機農法を広めることと、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れてしまわないようにすることだという。

▼鶴見さんの言葉をもう一つ。「日本の国について、その困ったところをはっきり見る。そのことをはっきり書いてゆく。しかし、日本と日本人を自分の所属とすることを続ける」。「書く人」ではなかった文太さんの生涯が重なるのを感じる。日本という国の内部の大切な場所にたっぷり水をやった晩年の印象からである。
「私は、自分の内部の不良少年に絶えず水をやって、枯死しないようにしている」。そう書いたのは哲学者の鶴見俊輔さんである。言  :日本経済新聞

2014年12月2日火曜日

2014-12-02

目的地を把握できる脳細胞を活用した有権者の一票で、安倍政権の迷走の解決を願う。

2014/12/2付

 クレタ島の迷宮は一度入ると出られない。牛頭人身の怪物ミノタウロスが幽閉され、貢ぎ物の少年少女を食べていた。激怒した英雄テセウスは自ら、いけにえとなって潜入する。魔物を倒すと、赤い糸をたぐりながら出口を目指した。ギリシャ神話に出てくる話である。

▼名匠ダイダロスが造った脱出不可能な建物から出られたのは、王の娘が渡した糸のおかげだった。入り口に端を結びつけて、伸ばしつつ進んだ。娘の名にちなんで「アリアドネの糸」という。いまでは、混乱から抜け出すのを助ける救いの手や道しるべを意味する。最近、脳の中にも似た仕組みがあることが分かってきた。

▼この役割を担う神経細胞の発見に、今年のノーベル生理学・医学賞が贈られる。細胞は方向感覚や位置関係をつかさどる。頭の中で、カーナビゲーションのように働く。自分がいる場所の地図を作り、迷わずに目的地にたどり着く。認知症で働きが鈍ってくると、居場所が分からなくなったり、道に迷ったりもするらしい。

▼迷宮にいる気もしてくる。デフレ脱却を目指したアベノミクス。消費税の再増税を延期し、道半ばで信任を問うことになった。成長と財政再建、社会保障の充実をどう均衡させるのか。出口がまだ見えない。今日の公示で衆院選が始まる。脳細胞を絞った一票が集まって、迷路を解く太い糸を紡ぎ出してくれると思いたい。
クレタ島の迷宮は一度入ると出られない。牛頭人身の怪物ミノタウロスが幽閉され、貢ぎ物の少年少女を食べていた。激怒した英雄テ  :日本経済新聞

2014年12月1日月曜日

2014-12-01

欠点や自由・寛容を尊重する今の若者文化は、大人社会になにを訴えているのだろう。

2014/12/1付

 きょうから12月に入り、まもなく2014年も終わる。10年代も前半5年が過ぎ、折り返し点を回るわけだ。中間総括するなら10年代とはどんな時代か。若者文化に詳しい評論家、さやわか氏は、今年出版した「一〇年代文化論」で「残念」というキーワードを挙げる。

▼ダメな時代という意味ではない。高校生などが好んで読むライトノベルで近年、美男子なのに性格はオタクといった「残念な」生徒が活躍する「残念系」の話が売れている。お笑いコンビでは「残念な(つまらない)方」に脚光があたる。「ダメ」といえば救いがないが「残念」はそこはかとなく共感や同情を感じさせる。

▼人間は本来、多様なものだ。完全無欠なスターや万事に平均点というタイプもいるが、たいていの人は長所と短所を抱えて生きている。でこぼこは、そのまま受け入れて楽しめばいい。1974年生まれのさやわか氏は、最近の若者文化にそうした「清濁併せのむ」おおらかさを読み取る。この感性が10年代なのだという。

▼いつの時代も、若者が作る文化には2つの共通点がある。大人社会に欠けたもの、失われたものを補おうとすること。それゆえ年長者には理解されないまま支持を広げることだ。今の若者文化が少数派や「欠点」の持ち主を好んで描き、自由や寛容の価値を訴えているとしたら、それは何に対する異議申し立てなのだろう。
きょうから12月に入り、まもなく2014年も終わる。10年代も前半5年が過ぎ、折り返し点を回るわけだ。中間総括するなら1  :日本経済新聞