日本の天候変化により、季語の持つ深い季節感を失うことは、杞憂であってほしい。
2014/8/19付
あいの風、という言葉が北陸地方にある。いささかロマンチックに響くけれど、実際には、初夏から盛夏にかけて吹く東風、を意味しているらしい。ところによっては、あえの風と呼んだり、あゆの風といったりする。日本海に面した地域では広く使われているそうだ。
▼奈良時代に越中、つまり今の富山県に国司として赴任した大伴家持が、この言葉を取りこんだ歌を万葉集に残している。「あゆの風 いたく吹くらし」。ひらがなやカタカナがなかった時代なので、まず漢字で「東風」と表し、万葉がなで注釈をつけた。この歌でもうかがえるように、海を荒らす風だ。優雅な風ではない。
▼同じように東風と書いても「こち」と読む場合には、ずいぶんと意味あいが違ってくる。平安時代に菅原道真がよんだ有名な歌が、良い例だろう。「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花」。春の到来を告げる風、を意味している。歳時記では「あいの風」は夏の季語。これに対し「こち」の方は、春の季語となっている。
▼このところ日本列島のお天気が変だ。お盆を過ぎたのに前線が居座り、梅雨に戻ったような印象を受ける。地球温暖化のせい、と断言できるわけではないが、そうでない、とも言い切れない。「あいの風」や「こち」といった味わい深い言葉がまとう季節感も、いずれ失われるのではないか。杞憂(きゆう)であってほしい、と思う。