2017年3月31日金曜日

2017-03-31

力によるテロの封じ込めは必要だが、多くの市民らが犠牲になっている事実も忘れるな。

 理髪店に最も多く置かれている漫画は、さいとう・たかをさんの「ゴルゴ13」だという。大人の男性なら一度は手に取ったことがあるはずだ。「デューク東郷」を名乗る主人公は一匹おおかみの超A級スナイパー。国際政治の舞台裏で、請け負った仕事を完璧にこなす。

▼そんな人物に依頼をしたというのだから、ただごとではない。外務省が海外に進出する中小企業向けに、ゴルゴ13がテロへの備えなどを指南する漫画の連載をホームページで始めた。トーキョーの外務省に招かれたG(ゴルゴ)が、「用件を聞こうか……」と切り出す。外相が安全対策への協力を求め、物語は幕を開ける。

▼ただし最近のテロは、Gの得意な銃だけではない。車で歩行者の列に突っ込み、ナイフで襲うといった蛮行が目立つ。英ロンドン中心部で起きた事件もそうだった。治安関係者に聞けば過激派組織「イスラム国」(IS)は、「銃や爆弾がないのなら車や岩、ブーツ、拳で襲え」などとテロ行為をあおり立てているという。

▼米国などによる空爆が続き、ISは中東での支配地域を失いつつある。力によるテロの封じ込めはもちろん必要だが、その一方で多くの市民らが爆撃の巻き添えになっている事実も忘れてはなるまい。テロ対策を推し進めながら、かみしめるべきGの名言を一つ。「その正義とやらは、お前たちだけの正義じゃないのか?」
理髪店に最も多く置かれている漫画は、さいとう・たかをさんの「ゴルゴ13」だという。大人の男性なら一度は手に取ったことがあ  :日本経済新聞

2017年3月30日木曜日

2017-03-30

トランプ氏の大統領令で温暖化対策が撤廃され、世界には異常気象の暴風雨がやってくる。

 夢のようだ。指がふれると、リンゴが金にかわった。木の枝もテーブルもたちまち、まばゆい黄金になる。うかれるうちに、恐ろしいことに気づく。パンも飲み物も口にできない。娘を抱きしめようとしたら、彫像になってしまう。ギリシャ神話のミダス王の話である。

▼さわる。つかむ。もつ。つくる。ひろげる。人は手をはたらかせて、社会とかかわる。世界もかえてきた。「手にいれる」と、思うままにできる。自由に支配できる。ついには、さわったものをすべて、自分の思いどおりに動かしたくなる。「黄金の手」には、そんなとほうもない願いが、こめられているのかもしれない。

▼魔法の手をもった気分だろうか。また、トランプ米大統領が大統領令を出した。一時は温暖化対策を引っぱる構えをみせた米国の手のひら返しだ。国内産業を助けるとして、発電所の二酸化炭素の規制をゆるめ、新たな対策もやめるという。わがまま放題、なんでもできる。はしごを外された各国が、怒るのもむりはない。

▼ミダス王はのちに、発言が神の怒りにふれ、動物の耳をもらう。必死に隠しても、草原の風が「王様の耳は、ロバの耳」とつぶやきだす。いまは、風の声だけではすまない。「放言王」がスマホに指先をすべらせ、好き勝手をつぶやく間も、温暖化は進む。とまどう世界はおかまいなしに、異常気象の暴風雨がやってくる。
夢のようだ。指がふれると、リンゴが金にかわった。木の枝もテーブルもたちまち、まばゆい黄金になる。うかれるうちに、恐ろしい  :日本経済新聞

2017年3月29日水曜日

2017-03-29

雪崩の犠牲になった高校山岳部を引率していた教諭らの、リスクへの対処は正しかったのか。

 メタボ対策が主の一登山者の分際でも、雪の怖さなら少々覚えがある。ミズバショウを探した初夏の尾瀬で残雪に何度も尻もちを突いた。梅雨時分、雪原が広がる谷川岳の山頂付近で立ち往生したこともある。東京の奥多摩でさえ北斜面の道は連休ごろまで凍っていた。

▼山の雪解けは下界と長い時差を伴い、時に大きな悲劇を呼ぶ。栃木県の那須町で前途ある高校生7人と20代の教諭が雪崩の犠牲になった。あまりに痛ましい。県内の7校から計51人の生徒が参加する「安全登山講習」の場だった。専門知識のあるベテラン教諭らが引率していたというが、リスクへの対処は正しかったのか。

▼以前の雪が昼の暖かさで解け、再び凍った所へ新雪が積もった。気象台は雪崩注意報を出している。そんな場所での雪上歩行訓練だ。新幹線並みの速さという表層雪崩が起きれば避けるのは難しい。ベテランの知識になかったわけではあるまい。若い命を預かる身として危機管理のあり方が問われよう。捜査を見守りたい。

▼亡くなった生徒たちが所属していた高校の山岳部は全国大会の常連だったという。インターネット上のサイトを開くと、40人ほどの部員が遠くかすむ富士山をバックに、山陵で拳を突き上げる写真が掲載されていた。岩や緑の美しさはもちろん、人生の感動もこの仲間らと分かち合うはずだった。もう、永遠にかなわない。
メタボ対策が主の一登山者の分際でも、雪の怖さなら少々覚えがある。ミズバショウを探した初夏の尾瀬で残雪に何度も尻もちを突い  :日本経済新聞

2017年3月28日火曜日

2017-03-28

歪んだ基準をあてはめる文科省のルール作りでは、現場の杓子定規の度合いが進むだろう。

 文部科学省は不思議な役所である。職員の再就職をめぐっては、ルールを大胆に破って天下りのあっせんに余念がない。その同じ官庁が、こと教科書検定となるとにわかにルール墨守の石部金吉と化すのだ。小中高校、どの科目にも杓子(しゃくし)定規な注文をつけてばかりいる。

▼こんど公表された、道徳教科書の初の検定はその最たるものだろう。「消防団のおじさん」が登場する話は、学習指導要領が高齢者への尊敬と感謝を求めているとして「おじいさん」に修正された。町でパン屋を見つけたという記述は「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」との観点から和菓子屋に変わった。

▼道徳の教科化は、長年の論争の末に実現した経緯がある。「心の教育」は大事だが、かえって道徳心を型にはめる恐れはないか。子どもが評価を気にするようにならないか。そんな指摘が少なくなかったから、中央教育審議会も画一化を避けるよう念を押していた。それがふたを開けてみれば案の定、いつもの文科省流だ。

▼この調子だと現場の先生たちは指導要領からの逸脱を恐れ、杓子定規の度合いがどんどん進むかもしれない。そういえば杓子定規というのはもともと、杓子の曲がった柄、つまりゆがんだ基準をあてはめることを言うそうだ。自分たちだけのルールを作っていた天下りあっせんのほうも、まさに杓子定規だったわけである。
文部科学省は不思議な役所である。職員の再就職をめぐっては、ルールを大胆に破って天下りのあっせんに余念がない。その同じ官庁  :日本経済新聞

2017年3月27日月曜日

2017-03-27

森友等の土地に春のいぶきが感じられないのは、大地の営みに思いを致さなかったからだ。

 春の足は速い。もう3月がつきる。年度替わりである。職場の異動や引っ越しで、あわただしい。雑事にかまけている間にたちまち過ぎる。開花のしらせや寒の戻りは気にしても、風景の変化は見えにくい。それでも、敏感な目は、季節の俊足をしっかりとつかまえる。

▼チェコの作家、チャペックは「自然の行進」と名づけた。3月末、ネコの額ほどの庭にしゃがむ。すると枝先に小さな金の星が光る。若々しい緑が顔を出す。ついに芽の行進が始まったのだ。左、右、と前へ進む。どよめきも聞こえるようだ。しずかな庭が「凱旋行進曲」をかなで出した(小松太郎訳「園芸家12カ月」)。

▼曲が聞こえない場所もある。土地がだまっている。「森友学園」の用地には、ゴミがあふれていた。東京・豊洲市場はいまだに汚染問題がくすぶる。東日本大震災の被災地には、近づけない区域がある。汚れたままの地面もある。芽ぶきの響きは、耳にとどかない。悲しげな緑の声が、かすかに鳴っているのかもしれない。

▼先を考えない。今がよければと、大地の営みに思いをいたさなかったからではないか。そんな土地ばかりが増えては、春のいぶきも感じられなくなる。将来を考え、庭を整え、草木を育てる。園芸家精神にちょっと学んではどうか。チャペックは木を植えると、100年後、ここが巨大な森になると心の中で思ったそうだ。
春の足は速い。もう3月がつきる。年度替わりである。職場の異動や引っ越しで、あわただしい。雑事にかまけている間にたちまち過  :日本経済新聞

2017-03-26

女性の活躍をうたうなら、保育所の数を増やすとだけでなく質を高めることが大事だ。

 そこでの食事風景は一見すると「地獄絵図」を思わせた。ジャーナリストの小林美希さんが、訪ねた保育所の一部について、著書「ルポ保育崩壊」で感想を記している。手間がかからぬよう、身動きできなくされた子がいた。泣く子を怒鳴る保育士たちの姿も目立った。

▼保育士を責めるだけでは問題は解決しない。サービス残業で行事の準備をこなす。休みもとりにくい。辞職者が増え、経験の浅いスタッフだけで職場を支える。ある園長は、待機児童解消のために定員以上の子を受け入れろと役所から命じられたと嘆く。志や夢を持ちこの道を選んだ人でも、これでは丁寧な対応は難しい。

▼兵庫県姫路市の認定こども園が、定員を超す子供を入園させ、わずかな食事しか与えないなど問題のある運営をしていたとわかった。春からの利用予定者は全員辞退したという。保育士にも「遅刻したら罰金」といった裏ルールを強いていた。ここまでひどい話は例外だろうが、子を持つ親は不安感が高じたかもしれない。

▼仕事と子育てを両立させたい親たちが、子の預け先を必死に探している。しかし、見つけた先が「わが子をここに預けて大丈夫か」という疑念を感じさせるようでは、仕事を続ける決心も揺らぐ。女性の活躍をうたうなら、ただ保育所などの数を増やすだけでなく、「安心して」預けられる先を用意することが大事になる。
そこでの食事風景は一見すると「地獄絵図」を思わせた。ジャーナリストの小林美希さんが、訪ねた保育所の一部について、著書「ル  :日本経済新聞

2017年3月26日日曜日

2017-03-25

大幅値引での森友学園払い下げが重層的な忖度メカニズムによるものなら、度が過ぎる。

 「例の案件、こっちの関連だから」と先輩が親指なぞ立てて目配せする。「わかってます」と後輩。正式な指示でも機関決定でもないが、なぜか最優先事項となる。「聞いてないですよ」と反論しようものなら、KY(空気読めない)とレッテル貼りされるのが落ちか。

▼日本中、どの職場でもありそうな、上役やら得意先の意向の「忖度(そんたく)」である。言葉の意味自体「他人の心中をおしはかること」(広辞苑)とニュートラルだ。しかし、実際に使われる時は「力を持つ上の者の気持ちを先取りし、機嫌を損ねぬよう処置すること」といったニュアンスになろうか。書いていて嫌な汗がにじむ。

▼「神風が吹いたと思った」。森友学園をめぐる国会の証人喚問の場で、籠池泰典理事長はこんな表現をした。小学校の設立に当て込んだ国有地が、ゴミを理由に大幅に値引きされて払い下げられた一件についてだ。首相夫人と学園の関係や国会議員による「言葉がけ」が、財務省や出先の判断に影響を及ぼしてはいないか。

▼「重層的な忖度メカニズム」。今回、こんなものが働いたかと疑われる。理事長は首相と信条の近さを強調し、夫人付の職員名で問い合わせもあった。公開文書では確かに「ゼロ回答」だが、連絡すること自体、役所へのボディーブローだったかもしれない。究明に必要な交渉の記録は廃棄された。忖度なら度が過ぎよう。
「例の案件、こっちの関連だから」と先輩が親指なぞ立てて目配せする。「わかってます」と後輩。正式な指示でも機関決定でもない  :日本経済新聞

2017年3月24日金曜日

2017-03-24

国有地売却額が大幅に値引きされた森友問題は、後押しがあり土地売却は進んだのか。

 関西には「おため」という習わしがある。結婚祝いなどを受け取ったときに、その場で1割ほどのお礼を返すことだ。お祝いを包んでいた風呂敷に、ちょっとした品物を入れて返したのが始まりらしい。森友学園の籠池泰典理事長が語った話は、この風習を彷彿(ほうふつ)させる。

▼きのう、国会の証人喚問に臨んだ籠池氏いわく――一昨年9月、学園の幼稚園を訪れた安倍晋三首相の妻、昭恵さんから寄付金100万円を受け取り、かわりに「感謝」と書いた封筒入りの講演料10万円を「お菓子の袋」とともに渡した――。先日来の発言を補強して、立て板に水の能弁ぶりだった。鮮明な記憶だという。

▼事実なら政権の危機である。森友問題の核心は、小学校建設のための国有地売却額が大幅に値引きされたことだ。しかしこの100万円と講演料の行き来だけでもとんでもない爆弾だろう。国民注視の喚問の場で言いたい放題だった籠池氏。全面否定する与党側は偽証罪での告発に動くのか、ほかに何か打つ手はあるのか。

▼謎だらけの森友問題だが、ここは昭恵夫人の話も聞きたい。籠池氏は、国有地をめぐる相談に夫人サイドが送ってきたというファクスを読み上げてみせた。これまた経緯不明なれど、森友に何やら後光が差すなかで土地売却は進んだのかもしれぬ。評価額の9割引きだから、国もずいぶん「おため」をはずんだ格好である。
関西には「おため」という習わしがある。結婚祝いなどを受け取ったときに、その場で1割ほどのお礼を返すことだ。お祝いを包んで  :日本経済新聞

2017年3月23日木曜日

2017-03-23

東京で開花宣言があり歌でもよみたいが、歌心がないうえスギの花粉にも悩まされ難しい。

 できることなら春に桜の花の下で死にたいものだ。お釈迦様が亡くなられたという2月の満月のころに……。西行がこんな思いを歌によんだことは、よく知られている。おどろくのは、その願いがかなったことだ。旧暦の2月16日。827年前の今の季節に世を去った。

▼列島の住民たちは昔から桜に心ひかれてきたようで、たくさん歌を残してきた。あでやかだった花が色あせたように自分の美貌も衰えた、と嘆いたのは、西行より300年ほど前の人とされる小野小町。我が身をむしばむ病魔を、花を散り急がせる風にたとえてうらんだのは、西行より400年ほど後の武将、蒲生氏郷だ。

▼魅力的すぎる。そんな八つ当たりめいた歌をよんだ人もいる。小野小町と同時代を生きたらしい在原業平だ。この世に桜が一切なければ、春はのどかな気持ちでいられるのに、と。桜に向けるまなざしも、桜に触れて湧いてくる感情も、ひとそれぞれなのだけれど、日本の文化にとってとても大切な花なのはまちがいない。

▼東京ではおととい開花宣言があった。伝統をふまえるなら歌のひとつでもよみたいところだが、これがなかなか難しい。生来うたごころに恵まれていないうえ、数年前から開花に不快な生理現象がつきまとうようになった。浮かぶのは業平の歌のパロディーだ。世のなかにスギの花粉がなかったら、は、は、ハークショイ。
できることなら春に桜の花の下で死にたいものだ。お釈迦様が亡くなられたという2月の満月のころに……。西行がこんな思いを歌に  :日本経済新聞

2017年3月22日水曜日

2017-03-22

新横綱稀勢の里は絶好調だが、頂点で連勝すると嫌い衰えると支えるファンは複雑だ。

 「でかかったよ。ゲタがまな板みたいで。文ちゃんと呼ばれてた」。東京は小岩育ちの70代の男性が回想する。大相撲の元関脇、出羽ケ嶽文治郎のことだ。身長2メートル超、体重200キロ余。戦前に活躍し、引退後は小岩で焼鳥店を開いた。1950年、47歳で没している。

▼数奇な運命である。山形県に生まれ、東京では青山脳病院を営む斎藤家へ厄介になった。後に院長となる歌人の茂吉と知り合う。少年期の文治郎は利発だったらしい。当初は医師を志したが、親方らの勧誘で角界入り。長身を生かしたさば折りを武器に相撲人気を支えた。脊髄を病んで、幕下まで陥落し土俵を去っている。

▼巨漢に小兵、「技のデパート」など、世の縮図のごとき多彩な力士が長年、国技館やお茶の間を沸かせてきた。いま注目の稀勢の里は10連勝と絶好調だ。新横綱で優勝すれば95年の貴乃花以来、全勝なら83年の隆の里以来である。厳しい稽古を付けてくれた師匠に並ぶのも夢ではない。表情に不敵なずぶとさが漂ってきた。

▼しかし、ファンは複雑だ。出世の途上では声援を送るが、頂点で連戦連勝されるのは嫌う。そして、衰えだすと再び支えたくなる。「断間(たえま)なく動悸(どうき)してわれは出羽ケ嶽の相撲に負くるありさまを見つ」。茂吉は不調の旧友を何度も詠んだ。文治郎には別の人生もあったのではとの思いがにじむ。自らへの問いでもあったか。
「でかかったよ。ゲタがまな板みたいで。文ちゃんと呼ばれてた」。東京は小岩育ちの70代の男性が回想する。大相撲の元関脇、出  :日本経済新聞

2017-03-21

森友学園問題と豊洲についての証人喚問で議会はどう追求するのか、力量が試される。

 「記憶にございません」。国会での証人喚問をめぐる名ゼリフといえば、何といってもこれが記憶に残る。戦後最大の疑獄、ロッキード事件を追及する場面でのことだ。国際興業社主だった小佐野賢治氏はこの言葉を繰り返して議員らの質問をかわし、流行語になった。

▼同じく政界を揺るがした東京佐川急便事件では、元自民党副総裁の金丸信氏が病室での尋問で「そんなこと覚えているようじゃ代議士なんかやってない」とけむに巻いた。上には上がある。さて国会喚問の地方版、東京都議会百条委員会の証人喚問である。こちらは名言も迷言も聞かれないまま、ヤマ場を過ぎてしまった。

▼都の元幹部、浜渦武生元副知事、石原慎太郎元知事と、大物の役者たちが日替わりで登場した。しかし見応えがあったのは、時折、強い言葉で質問者ににらみをきかす浜渦氏の迫力ぐらいだったか。汚染が懸念される豊洲に市場を移転する絵を誰が描き、主導したのかという素朴な疑問にはっきりとした答えは出なかった。

▼23日には大阪市の森友学園の問題で、国会でも5年ぶりの証人喚問が行われる。何やらここでは流行語が生まれそうな気配もするが、そもそも証人を呼んで聞けばたちまち謎が解けるといった都合のいい制度などあるはずがない。豊洲についてもこの先、議会はどう追及していくつもりなのか。そこでこそ力量が試される。
「記憶にございません」。国会での証人喚問をめぐる名ゼリフといえば、何といってもこれが記憶に残る。戦後最大の疑獄、ロッキー  :日本経済新聞

2017年3月21日火曜日

2017-03-20

春分は、暑さ寒さの切り替わりと共に青物の主役も移っていく季節である。

 東京の下町を散策していて街角の和菓子屋でまんじゅうを買った。二つに割ると、あんこが緑色だ。昨今は抹茶ブームだからな、と思いつつ齧(かぶ)りつくと見当外れだった。草団子風だが、よもぎとはやや味わいが違う。店員に聞くと、菜っ葉を練り込んであるのだそうだ。

▼戦後しばらくまで、隅田川から江戸川にかけては野菜畑があちこちにあった。さかのぼる江戸時代、鷹(たか)狩りに訪れた将軍吉宗が通りがかりの神社で一休みした際、この地の菜っ葉を食べて気に入り、近くを流れる川にちなみ、小松菜と名付けた。そんな言い伝えが残っている(亀井千歩子著「小松菜と江戸のお鷹狩り」)。

▼命名には異説もある。「この菜は何という」と問われた神主が名を知らず、「困ったな」とつぶやいたのを吉宗が聞き違えたというのだ。かなり眉唾っぽいが、話としてはこの方が面白い。いずれせよ、寒さに強い小松菜は冬の食卓に香味と彩りをもたらしてきた。「小松菜の一文束や今朝の霜」。俳人の小林一茶の句だ。

▼きょうは春分。暑さ寒さも彼岸までとよくいうが、青物の主役も小松菜からほうれん草や菜の花へと移っていく季節である。調理方法も菜の花となると、鍋ものでなく、やはりおひたしだろう。酒のさかなにもよいが、おにぎりの具にするのも悪くない。あの和菓子屋でも練り込む具材を変えるのだろうか。聞きそびれた。
東京の下町を散策していて街角の和菓子屋でまんじゅうを買った。二つに割ると、あんこが緑色だ。昨今は抹茶ブームだからな、と思  :日本経済新聞

2017年3月19日日曜日

2017-03-19

挑発を繰り返す北朝鮮と強気外交の米国の指導者は、戦争を終らせる難しさを思い出せ。

 太平洋戦争に幕を引いた鈴木貫太郎が首相の座に就いたのは、72年前の4月7日である。サクラは満開のころだったろうか。親任式の控室で閣僚らは「大和」が撃沈された、との報に接した。世界最強を誇った戦艦である。戦局悪化を改めて思い知らされた瞬間だった。

▼「余に大命が降(くだ)った以上、機を見て終戦に導く、そうして殺される」。鈴木は覚悟していたという。海軍で日清、日露両戦争に従軍した古つわものである。侍従長時代には二・二六事件で銃弾を浴び死の淵をさまよった。独断専行する軍人の怖さも含め、戦争は始めるより、終わらせる方が何倍も難しいと知っていたのだ。

▼今月「在日米軍基地の攻撃訓練」と称し、北朝鮮が4発の弾道ミサイルを撃った。うち1発は能登半島の沖200キロの海上に落ちている。庭先だ。米トランプ政権も、やまない挑発に強気の外交に転換した。先制攻撃や体制転換も選択肢という。米韓の軍事演習には米海軍特殊部隊も動員されているとかでキナ臭さが漂う。

▼互いにディール(取引)めいた力の誇示を続けては、偶発的な衝突にもつながりかねない。日本も何らかの関与を求められる可能性があろう。周辺国の利害も絡めば、引き際は、法則通り難しくなる。鈴木は辞世で「永遠の平和」と2度繰り返した。挑発に走ったり、実力を振るったりする前に指導者に思い出してほしい。
太平洋戦争に幕を引いた鈴木貫太郎が首相の座に就いたのは、72年前の4月7日である。サクラは満開のころだったろうか。親任式  :日本経済新聞

2017年3月18日土曜日

2017-03-18

技術が進化した通信でデマや風評を運べば国が行方を誤るので、かつてない用心がいる。

 たいしたことはないよ。福沢諭吉の学力をずばっと斬った人がいる。榎本武揚である。幕府がたおれると、海軍を率い北海道を占領。新撰組の土方歳三とともに箱館戦争を戦った軍人だ。降伏し刑に服すが、洋学の大家なにするものぞ。日本一の化学者を自負していた。

▼知識は最新だった。幕府が軍艦、開陽丸を発注したオランダで学んでいる。砲術や国際法など多分野に及ぶ。情報通信が大事と考え、下宿にモールス電信機を備えつけた。トンツーの信号でSOSを送る。あの技術だ。使いなれ、相当の腕前になったという。装置と回線などを持ち帰るが、動乱でお蔵入りになってしまう。

▼その通信の子孫がオランダを揺さぶった。たやすく発信できる交流サイト(SNS)などが勢いづく。極右・自由党の党首は「オランダのトランプ」とよばれ、この方式で反移民などの過激な情報を流す。感情に訴え、振り回す。うなずく人も増えた。選挙では、第1党もと心配されたが伸び悩んだ。それでも勢いは残る。

▼榎本武揚は「北海道共和国」をうちたてた。欧州の先端技術に触れ民主政にあこがれたのだろう。日本初の選挙で、臨時政府の総裁にもなっている。通信は民主主義のいしずえだ。デマや風評を運べば、国の行方をあやまる。150年で技術はすばらしく進化した。やっかいな落とし穴も広がった。かつてない用心がいる。
たいしたことはないよ。福沢諭吉の学力をずばっと斬った人がいる。榎本武揚である。幕府がたおれると、海軍を率い北海道を占領。  :日本経済新聞

2017年3月17日金曜日

2017-03-17

GPS追跡機能の技術発展に伴い、プライバシーや人権を守るためのルールをつくるべきだ。

 俵万智さんの「サラダ記念日」に、電話に出ぬ恋人への邪推をあれこれ巡らす歌がある。「この時間君の不在を告げるベルどこで飲んでる誰と酔ってる」。ケータイやメール全盛の昨今でも相手が反応しないとき、あの人はどこに……といらだつ向きは少なくあるまい。

▼そんな欲求にこたえた「カレログ」なるスマホアプリが、ひところ問題になった。全地球測位システム(GPS)を通じてカレシ、カノジョの居場所や通話履歴がわかる仕掛けに批判が相次いだものである。しかし実は、こうしたアプリはいまも進化を続け、GPSの発信器も浮気調査などにしばしば使われているという。

▼プライバシーや人権を侵す危うさをはらみつつ、効果は抜群で需要も断てない――。この悩ましい利器と犯罪捜査との関係をめぐり、最高裁大法廷が初判断を下した。裁判所の令状なしに、クルマにGPS端末を取り付けるのを違法とする判決である。警察の大事な仕事だ、ここは大目に見よう、とはならなかったわけだ。

▼GPSの追跡機能は子どもや認知症患者の見守りに、宅配便の管理にと用途がどんどん広がっている。技術はさらに進むだろうから、さまざまな場面での運用についてルールをつくるしかあるまい。さて当方、やましい点はないがどこで飲んでる、誰と酔ってると監視されるのは困る。そうだ、カバンの中を調べておこう。
俵万智さんの「サラダ記念日」に、電話に出ぬ恋人への邪推をあれこれ巡らす歌がある。「この時間君の不在を告げるベルどこで飲ん  :日本経済新聞

2017年3月16日木曜日

2017-03-16

今は日本でも脳死移植で多くの命が救われているが、募金を頼りに海外へ渡る事例も続く。

 並外れた技量や信念を持つ人は、強いオーラを放っている。1988年、米ピッツバーグ大の付属病院を訪ねた際にもそれを感じた。目立った特徴があるわけでもない一人の男性がこちらに歩いてくる。片手はポケットに突っ込んだまま、ゆっくりとした足取りだった。

▼写真で見たことさえなかったが、その瞬間、この人が臓器移植の父、トーマス・スターツル教授であると確信した。コロラド大で世界初の肝臓移植を手がけ、その後ピッツバーグにやって来ていたのだ。鉄冷えに苦しむかつての工業都市は教授をヒーローとして迎え、移植医療を看板に掲げる新たな街づくりを進めていた。

▼教授が漂わせる空気感と同じくらい驚いたのは、患者に対する情報提供の徹底ぶりだ。病室のベッド脇の壁には、毎日の検査の結果や投与している薬の分量などが張り出されていた。小児病棟では、おなかを開けるとリアルな内臓模型が出てくる「ザディーちゃん人形」を使い、子どもの患者に手術の手順を説明していた。

▼当時、脳死での移植が行われていなかった日本の実情を話すと、病院のスタッフは「大切なのは患者との信頼関係だ」と話した。いまは日本でも脳死移植で多くの命が救われている。だが乳幼児の臓器提供は少なく、募金を頼りに海外へ渡る事例も続く。スターツル教授の訃報を聞き、ピッツバーグの街並みを思い出した。
並外れた技量や信念を持つ人は、強いオーラを放っている。1988年、米ピッツバーグ大の付属病院を訪ねた際にもそれを感じた。  :日本経済新聞

2017年3月15日水曜日

2017-03-15

万博大阪誘致のテーマ案のいくつかは注意に欠け、ネットに溢れる寒々しい書込と同類だ。

 今年が没後10年の作家、小田実さんの名言に「人間みなチョボチョボや」というのがある。人は生まれながらに自由で対等で、平等な存在だ――。標準語で説けばこんなふうに小難しくなろう。そこを大阪弁でかみ砕いてみると、胸にすとんと落ちるから方言は面白い。

▼そういう効果を狙って経済産業省の面々も筆を走らせたようだ。大阪への誘致をめざす2025年万博について、報告書案の「関西弁バージョン」をおととい公表した。テーマ案の「いのち輝く」の部分を「いのちがキンキラキンに輝く」としたり、「レガシー、セクシーとちゃうで」とふざけたり、全編がそんな調子だ。

▼ため息が出るのは万博の役割を「人類共通のゴチャゴチャを解決する方法」と主張したくだりである。いくつか「ゴチャゴチャの例」を挙げるなかで、そのひとつは「社会重圧、ストレス(例えばやな、精神疾患)」と記した。さすがにあちこちで批判が噴出したらしく、世耕弘成経産相は一夜で撤回表明に追い込まれた。

▼個々の表現がどうこうではなく、この文書は言葉への注意が本質的に欠けているというほかない。ネット空間にあふれる寒々しい書き込みとチョボチョボではないか。経産省は先月末から、情報管理徹底のためとしてすべての執務室に昼間でも施錠するようになった。そのドアの向こうで、こんなものをつくっていたとは。
今年が没後10年の作家、小田実さんの名言に「人間みなチョボチョボや」というのがある。人は生まれながらに自由で対等で、平等  :日本経済新聞

2017年3月14日火曜日

2017-03-14

大半が汚職スキャンダルで退任した韓国大統領の、選出の仕組みは改善の余地は大きい。

 指導者を選んだり政策を決めたりするうえで、完全に民主的な仕組みはありえない――。みもふたもない理屈である。これを理論的に証明したとされるのが、2月下旬に亡くなった米国の経済学者、ケネス・アロー氏だ。社会選択に関する「不可能性定理」などという。

▼正直なところ高度な数学を駆使した証明は手に余るのだが、その結論はすんなりと胸におちる。というより、多少なりとも世の風に当たってきた大人なら、直観か常識でわかっていることだろう。人の営みに完全なんてありえない、と。だからこそ、たゆまぬ改善をこころがけ、すこしでも実行していくしかないのだ、と。

▼「真実はかならず明らかになる、と信じている」。弾劾によって罷免された韓国の朴(パク)槿恵(クネ)前大統領は12日の夜、青瓦台(大統領府)を去るにあたってこんな声明を出した。憲法裁判所の判断を正面から受けとめていない、として韓国ではあまり評判がよくないらしい。とはいえ無念の思いが伝わってくるひとことではある。

▼韓国で「第6共和国」と呼ばれる今の政治体制がはじまったのは、1988年、ソウル五輪の年だった。それからおよそ30年。この間の6人の大統領は、大半が退任した後、ときには在任中に、親族あるいは本人の汚職スキャンダルに見舞われた。もとより完全な仕組みは無理としても、改善の余地は大きいのではないか。
指導者を選んだり政策を決めたりするうえで、完全に民主的な仕組みはありえない――。みもふたもない理屈である。これを理論的に  :日本経済新聞

2017年3月13日月曜日

2017-03-13

伊勢丹社長の業績不振による退任には、逆風下でのビジネスの舵を取る難しさを感じる。

 空襲で焼け野原になった終戦直後の東京。ほどなく子どもたちの笑い声が戻った場所のひとつが、百貨店の屋上だった。評論家の川本三郎さんが随筆集「東京おもひで草」に、そう記している。戦前から戦後しばらく、珍しい遊戯具が並ぶ屋上は最先端の遊園地だった。

▼豆汽車、飛行塔、メリーゴーラウンドという三種の神器のほか、動物園やロープウエーを設けた店もあった。大食堂には定番のお子様ランチもある。「この時代、子どもがデパートの主役になっていた」と川本さんは振り返る。盛り場の主が大人の男だった頃、子どもとその母親や祖母の関心を引きつける斬新な策だった。

▼百貨店からテーマパークやショッピングモールへと、家族で丸1日過ごせる場が移って久しい。百貨店業界の売上高は最盛期の9兆円台から5兆円台に縮んだ。店の数だけでなく扱うモノの幅も減り、屋上に遊具を備えた店も見かけない。百貨店という店のあり方が時代と合わなくなったのか。寂しく思う向きも多かろう。

▼勢いのある低価格店にフロアごと貸したり、高齢客に特化したり。各社各様の試みがある中で、最先端という百貨店の原点に戻り、流行を先取りしたファッションで一段の成長を図ったのが集客数世界一を誇る伊勢丹新宿店だった。その旗振り役だった社長が業績不振で退く。逆風下でビジネスの舵(かじ)を取る難しさを感じる。
空襲で焼け野原になった終戦直後の東京。ほどなく子どもたちの笑い声が戻った場所のひとつが、百貨店の屋上だった。評論家の川本  :日本経済新聞

2017年3月12日日曜日

2017-03-12

疑惑が次々に飛び出す森友学園問題を、国会が問題解明せねば政治のこけんにかかわる。

 「思い知ったか」。接待役がいきなり、大先輩に切りつけた。大事な催しの直前。江戸城内でのけんかである。大騒ぎになった。斬った赤穂の殿様は切腹となり藩はつぶれる。太平の世をあっと驚かせる「忠臣蔵」の始まりだった。300年以上前のいまごろのことだ。

▼原因はわかっていない。武士のこけんにかかわる。よほどの恨みがあったのだろう。こけんは、体面や品格を意味する。もとは売り買いに使う紙、沽券(こけん)のことだ。平安のころに、土地の売買などで登場した。話がまとまると、売り主が、買い手に渡す。いくらで、だれに売ったのか。みんなに証明できる大切な証文だった。

▼国有地売買をめぐる「森友学園」問題はびっくり箱だ。疑惑が次々に飛び出した。理事長は小学校の認可申請を取り下げたが、自説をならべるだけで、多くの疑問に答えていない。驚くほどの安値のわけも、いまだに、はっきりしない。国や大阪府に出した校舎建設費はすべて食い違っていた。なぞは深まるばかりである。

▼四十七士はプライドに命をかけた。土地の証文は時をへて、体面などをさすようになった。内容にごまかしやウソがあれば、品格が傷つくからだろう。国の土地の利用や学校の設立に、インチキはなかったのか。政治家はどこまでからんだのか。なぞ解きはやはり国会の仕事だ。知らぬふりでは、政治のこけんにかかわる。
「思い知ったか」。接待役がいきなり、大先輩に切りつけた。大事な催しの直前。江戸城内でのけんかである。大騒ぎになった。斬っ  :日本経済新聞

2017年3月11日土曜日

2017-03-11

原発事故以来廃墟と化した帰還困難区域が、元の活気を取り戻すのはそう簡単ではない。

 数日前、福島県いわき市から国道6号を北へ向かって車を走らせた。好天の中、群青色の太平洋が光る。白い花は梅か。やがて「この先、二輪車、歩行者は通行禁止」といった表示が目立ち始める。原発事故の影響で放射線量が高いレベルのままの「帰還困難区域」だ。

▼民家の入り口は鉄パイプと金網で封鎖されている。飲食や衣料のチェーン店は、高々と看板を掲げてはいるが中に人けはない。ガソリンスタンドを一面の雑草が覆う。信号は黄が点滅しているだけの所が多い。交差する道から車も人も来ないのだ。日本の歴史上、初めて出現したと思われる光景だが、すでに6年が過ぎた。

▼国費での除染も進め、5年先には住民が戻って来られる段取りにはなっている。しかし、他の地区の前例から、ふるさとが元の活気やにぎわいを取り戻すのは、そう簡単ではあるまい。平穏な暮らしを奪った事故への怒りや無念。さまざまなわだかまりを胸に、数十年とされる廃炉への工程を身近にしながらの日々になる。

▼「チッソの人の心も救われん限り、我々も救われん」。石牟礼道子さんが水俣病患者のこんな言葉を書き留めている。直後にこう添えた。「そこまで言うには、のたうち這(は)いずり回る夜が幾万夜あったことか」。甚大な厄災を、年月をかけて乗り越えた魂の粘り強さと気高さを感じる。郷土を取り戻す道をも照らすようだ。
数日前、福島県いわき市から国道6号を北へ向かって車を走らせた。好天の中、群青色の太平洋が光る。白い花は梅か。やがて「この  :日本経済新聞

2017年3月10日金曜日

2017-03-10

東日本大震災後の理念は実を結ばぬままだが、後世この時代を俯瞰すると何が見えるのか。

 「災後」という言葉は昔からあったようだ。たとえば18世紀末の雲仙・普賢岳噴火を記録した明治時代の文献には「災後藩庁ノ用意」なる項目があるという。やはり明治期には、濃尾地震についての行政文書が「災後ノ処置ヲ図ルヘシ」などの表現を使っているそうだ。

▼もっとも、これらは単に災害後を指しているだけである。そういう言葉にうんと大きな意味を持たせ、東日本大震災後の時代を「戦後」を超える「災後」と位置づけようとする声が、一時期は説得力を持った。この震災を機に、しがらみと既得権でがんじがらめの日本を造り直そう――。そんな夢と気概が宿っていたのだ。

▼あの日から、あすで6年。残念ながら共生や共助、開かれた国づくりといった「災後」の理念は実を結ばぬままである。むしろ世間ではナショナリズムが高まり、人々の気分は内向きになっているようだ。日本スゴイの自己愛がはやり、閣僚が古色蒼然(そうぜん)たる教育勅語を評価するのだから、時節が変わったといえば変わった。

▼じつはこれこそが「災後日本」なのかどうかは、もっと時間がたたないとわからない。歴史は行きつ戻りつして進んでいく。節目に気づくのはずっと後のことなのだ。長かったような、短かったような6年である。後世、この時代を俯(ふ)瞰(かん)するときに何が見えるだろうか。もしかしたら、いまだ「災中」であるかもしれない。
「災後」という言葉は昔からあったようだ。たとえば18世紀末の雲仙・普賢岳噴火を記録した明治時代の文献には「災後藩庁ノ用意  :日本経済新聞

2017年3月9日木曜日

2017-03-09

森友学園は道徳教育を大切にしてきたが、新設予定学校を巡る疑惑の山は道徳とは縁遠い。

 「シ、ノタマワク……」。湯川秀樹博士は子どものころ、祖父から四書五経を徹底的に仕込まれたという。意味はまるでわからなくとも、文字だけをひたすら声に出して読む「素読」だ。漢字の群れを前に、つらかった、逃れたかったと自伝「旅人」に書き残している。

▼それでもこの苦労は長じて大いに役立ったというのが、のちに日本人として初のノーベル賞を受賞した博士の述懐だ。偉人のそんな体験談も手伝ってか、いまでも漢籍素読をモットーにする学校がたまにある。目下、政界を巻き込んだ大騒動を巻き起こしている学校法人「森友学園」の運営する塚本幼稚園もそのひとつだ。

▼私学だから教育内容にはさまざまな工夫があっていい。とはいえ運動会の選手宣誓で「安倍首相がんばれ」「安保法制国会通過よかったです」などと政治的主張まで「素読」させるのは脱線が過ぎよう。湯川博士は素読の効用を「漢字への慣れ」だと説いた。この学園も、軟らかい幼児の頭を慣らすのに余念がないらしい。

▼理事長は道徳教育の大切さをしきりに訴えてきたようだが、新設予定の小学校をめぐる疑惑の山は道徳とは縁遠い。ここは国会に関係者を呼び、あれこれ尋ねてみるのも手だ。会計検査院に解明作業を任せて済む話ではなかろう。四書五経の素読は「大学」から始まる。その一節にいわく「物に本末あり、事に終始あり」。
「シ、ノタマワク……」。湯川秀樹博士は子どものころ、祖父から四書五経を徹底的に仕込まれたという。意味はまるでわからなくと  :日本経済新聞

2017年3月8日水曜日

2017-03-08

内外とも眉根寄せることの多いニュースが続くが、笑顔は忘れず楽しく日々を送りたい。

 昔、映画評論家の淀川長治さんがラジオ番組で、映画から学んだ人生訓の一つとして「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」という言葉をあげていた。これは実際に心理学や脳科学でも議論になることがあるテーマで、人間の「不思議さ」が伝わってくる。

▼こちらは「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ」という話である。近畿大学と吉本興業などが協力して、笑いが心身の健康にどんな影響を与えるのかを調べる研究が始まった。被験者にお笑い芸人の舞台を定期的に見てもらい、表情や心拍数といったデータを集めて病気の発症率との関連などを調べるという。

▼近く開設される大阪の病院も、がん医療に笑いがどう役立つか研究する。患者をお客に病院の中で落語や漫才の会を開き、笑う前と後で免疫細胞の働きや、ストレスの度合いを示す物質がどのように変化するかを分析していく。「笑うだけならタダでっしゃろ」との声も聞こえてきそうな、笑いの本場らしい試みといえる。

▼その大阪で発覚した国有地の不透明な払い下げからミサイル発射による威嚇まで、内外とも眉根寄せることの多いニュースが続く。笑ってコトが解決するはずもないが、笑顔は忘れず日々を送りたい。淀川さんは晩年に入院した際、病室の前にこんな貼り紙を出したという。「このドアを開ける人は、笑って開けて下さい」
昔、映画評論家の淀川長治さんがラジオ番組で、映画から学んだ人生訓の一つとして「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいの  :日本経済新聞

2017年3月7日火曜日

2017-03-07

東日本大震災を経験した麻生川校長曰く、震災時は人としてどう動くかが問われる。

 宮城県南三陸町の戸倉小学校は、かつて海岸から300メートルの所にあった。授業で磯遊びをし、サケを飼育した。そんな恵みの一方で、津波の被災マップでは危険ゾーン内。校長だった麻生川敦さんが先生らと避難の方法を協議しだしたのは東日本大震災の2年前だった。

▼話し合ううち、職員室にはラジオがないことがわかり驚いた。非常時の学校運営に必要な事柄を詰めるなか、3.11の大きな揺れが襲う。「必ず津波が来る」。子どもら100人と近くの高台へ。だが、そこも30分後に泥流がのみ込んだ。さらに小高い神社へと駆け上がり、空腹に耐えながら、余震におびえ夜を明かした。

▼子どもらは自宅が全壊し、各地の避難所へ散り散りになっている。先生らも自らの生活の立て直しに追われた。それでも「学校再開が日常への第一歩」と麻生川さんは信じた。外部団体から教材の支援を受け2カ月後、内陸の廃校で始業式にこぎ着ける。長いバス通学にめげず、子どもらは校舎や校庭で歓声をひびかせた。

▼麻生川さんは今、仙台近郊の小学校校長だ。体験を研修などで80回余り伝えてきた。「想定外の事態の前では、時に大胆な判断も必要だ」「地域をよく知る人こそ防災力が高い」など教訓は重い。甚大な被害の下では「教員」としてより、人としてどう動くかが問われると強調する。来るべき日の備えとしてかみしめたい。
宮城県南三陸町の戸倉小学校は、かつて海岸から300メートルの所にあった。授業で磯遊びをし、サケを飼育した。そんな恵みの一  :日本経済新聞

2017年3月6日月曜日

2017-03-06

情報公開といいながら黒塗りの書類を提出した政府は、よほど世間の目が怖いのだろう。

 ぎょっとした。明け方、がさごそと音がした。明るくなってみると、夫の顔が真っ黒である。妻は確信する。やっぱりね。また、女のところに行っていたに違いない。してやったり。べっとりと墨塗りの顔が動かぬ証拠だ。こんな話が鎌倉時代の「古本説話集」にある。

▼男はいつも水さしを持ち歩いていた。その女のところで、愛情があるんだよと、そら泣きしてみせていたのだ。これを知った妻は、水と墨を入れ替えておいた。しらずに顔や袖をぬらしたから、たまらない。鏡を見た男は、しかけに気づく。あまりに情けない。それからは、ニセモノの涙を流すのはやめてしまったそうだ。

▼いま、べっとりで、ぎょっとするのは役所の文書である。「森友学園」問題の始まりは、黒塗りの書類だった。文科省の天下りの件でも次々でてきた。情報公開といいながら、まるで機密書類だ。小池百合子都知事は「のり弁」とよぶ。「日の丸弁当」のように白く公開すると宣言したが、根が深い。どこまで、できるか。

▼墨塗りには、魔よけの意味もある。邪鬼は黒がにがてだからだ。むかしは正月の羽根つきで負けると、顔に塗ったものだ。各地に無病息災を祈る墨塗りの祭りが残るが、それほど多くはない。とっくにすたれたか。と思ったら、どっこい、役所の世界では、伝統が生きていた。鬼みたいに、よほど世間の目が怖いとみえる。
ぎょっとした。明け方、がさごそと音がした。明るくなってみると、夫の顔が真っ黒である。妻は確信する。やっぱりね。また、女の  :日本経済新聞

2017年3月5日日曜日

2017-03-05

大手通販会社との契約が疲弊を招いたヤマト運輸は、元社長の遺産を健全に発展できるか。

 最大の顧客である老舗百貨店、三越と決別し、同社の配送業務から撤退する――。38年前、ヤマト運輸の社長だった小倉昌男さんは決断した。胸中を後に著書「小倉昌男 経営学」に記している。問題は百貨店そのものではなく君臨するワンマン社長のやり方にあった。

▼高価な絵画や別荘地、映画の前売り券を買わされた。こうした点は浮世の義理と諦めたが、百貨店の業績悪化の穴埋めに配送料金を下げられ、物流センターでは駐車料金を徴収された。業績回復後もこれらの措置は変わらず、ヤマトの三越担当部門は赤字に転落。契約解除で社内の空気はすっきり明るくなったと振り返る。

▼大口荷主を切ることができた背景に、この3年前に始めた新規事業である宅急便への自信があった。街の人々から小さな荷物をこつこつと集め、迅速に間違いなく配る。正確できめ細かなサービスは信頼を集め、生活や仕事に不可欠の存在となった。その宅急便の現場が疲弊し、総量を抑制しようかとの事態に陥っている。

▼個人からの集荷は効率こそ悪いが「主婦は運賃を値切らず、現金で払ってくれる」。そろばんもしっかりはじき、倉庫の自動化などに投資も怠らなかった。今の混乱は4年前、大手ネット通販会社との取引を広げたことから始まっている。小倉さんの遺産を健全に発展させていけるか。現経営陣の度胸と自信の程はいかに。
最大の顧客である老舗百貨店、三越と決別し、同社の配送業務から撤退する――。38年前、ヤマト運輸の社長だった小倉昌男さんは  :日本経済新聞

2017年3月4日土曜日

2017-03-04

豊洲市場を巡る石原氏の会見では、真相解明の難しさと在任中の無責任体制が露呈された。

 山岳小説で名を成した新田次郎さんが第34回直木賞に輝いたのは1956年だ。芥川賞の方の「同期生」は石原慎太郎さんである。授賞式は2月に当時、銀座8丁目にあった文芸春秋のビルで行われた。約30人が集まり、正賞にスイス製の腕時計、副賞は10万円だった。

▼「何に使いますか」と記者に問われ、石原さんは「こういうお金はみんなして飲んでしまうものじゃあないですか」と答えたという。新田さんが自伝で触れている。「都庁で会おうぜ」と知事に初当選した際の記者会見を終えたり、小池百合子知事を「厚化粧」と評したり、この人の奔放な弁舌は何かと注目を集めてきた。

▼そして、昨日「果たし合いに向かう侍の気持ち」と臨んだ豊洲市場の整備をめぐる記者会見である。「権威ある科学者が、豊洲は問題ないと言っている。移転しないことに不作為の責任がある」などと、初っぱなで小池知事に一太刀浴びせはしたものの、後は「記憶にない」「自分は専門家ではない」と守勢に立たされた。

▼「裁可した責任はある」と反省する一方「行政や議会、みんなで決めた」と続ける。「太陽の季節」の主人公が打ち込むボクシングでいえばクリンチに逃れたといえようか。会見で2点明らかになった。この件で石原さんをただしても真相解明は難しそうだということ。そして、13年半に及ぶ在任中の都政の無責任体制だ。
山岳小説で名を成した新田次郎さんが第34回直木賞に輝いたのは1956年だ。芥川賞の方の「同期生」は石原慎太郎さんである。  :日本経済新聞

2017年3月3日金曜日

2017-03-03

男女同権推進の為、政党擁立候補者の男女比を均等にする法律制定に踏み出す事が重要だ。

 「男どもが天下国家を論じて武器などを担いであちらこちら走り回っている間も、女たちは着実にエレガントに次の世代を用意してきた」。作家の池澤夏樹氏がそう書いている。人類が女性だけになれば、世の中からもう少し争いごとが減るのでは、と思わなくもない。

▼勇ましい女性がいなかったわけではない。巴御前やジャンヌ・ダルクは自ら戦場に立った。とはいえ、それは例外だから歴史に刻まれたのだ。多くの女性は銃後にあって、戦地の夫や息子の無事を祈ってきた。男性優位の時代と戦争の世紀はかなり重なる。男女同権を推進することは、世界を平和に導く一歩となるはずだ。

▼きょうはひな祭りである。男の子の節句は祝日なのに、女の子の節句が普通の日なのはどうなのか。たいていの女性はそう思った経験があろう。子ども時代の刷り込みは、社会の深層心理に大きな影響を与える。女性の地位を高めていくには、こどもの日を3月と5月でときどき入れ替えてみるのも、一案ではなかろうか。

▼政党が擁立する候補者の男女比を「均等」にするように促す法律が間もなく制定される。義務付けにしろ、「同数」と明記しろ、などの批判はあるが、まずは踏み出すことが重要だ。米国の女権運動家アリス・ポールは参政権を得たあと、力説している。「ここで満足してはいけない。私たちはもっと遠くまで行ける」と。
「男どもが天下国家を論じて武器などを担いであちらこちら走り回っている間も、女たちは着実にエレガントに次の世代を用意してき  :日本経済新聞

2017年3月2日木曜日

2017-03-02

トランプ氏は雰囲気をなごませる手段として、ジョークをきめるチャンスがたくさんある。

 1981年、米共和党のレーガン大統領が狙撃されて、病院に運び込まれた。手術台を取り囲んだ医師団を見上げ、「ところで君たちは共和党員だろうね?」。米国では気のきいたジョークを口にできるかどうかもまた、大統領を評価する重要なポイントになるという。

▼このエピソードには続きがあり、医師の一人が「今日は全員共和党員ですよ」と応じたというから素晴らしい。レーガンさんは緊迫した場面でもジョークを飛ばして、国民に広く愛された。さて現大統領、トランプさんの技量はどうであろうか。残念ながらいまのところは、攻撃的な弁舌や憤った表情ばかりが目に浮かぶ。

▼世界中が注目した施政方針演説では、公約に掲げていたメキシコ国境の壁の建設や、不法移民対策の必要性を改めて強調していた。ただ選挙戦を引きずった激しい物言いは控え、戦闘モードはずいぶん和らいだ印象だ。これからは糾弾ではなく、対話を通して政策を実行したい。そんな決意の表れだとすれば大歓迎である。

▼ジョーク好きで知られた落語家の立川談志さんは、「政治家がジョークを織り込まなくてもいいのは宣戦布告ぐらいだ」と話していた。ジョークはぎくしゃくとした雰囲気をなごませ、ピンチを切り返す力を持つ。そうだとすれば、トランプさんにはこの先、しゃれたジョークをきめるチャンスがたくさんあるように思う。
1981年、米共和党のレーガン大統領が狙撃されて、病院に運び込まれた。手術台を取り囲んだ医師団を見上げ、「ところで君たち  :日本経済新聞

2017年3月1日水曜日

2017-03-01

天皇、皇后両陛下のベトナム訪問が、互いが両国のつながりを知る契機になるといい。

 林芙美子晩年の代表作「浮雲」のキーワードは「仏印」である。いまのベトナムなどにあたるフランス領インドシナ――これを仏印と呼んだ戦時中に当地で出会った男と女。日本に引き揚げてきた2人は戦後の社会に戸惑いつつ追憶に浸る。戦争が翻弄した恋の物語だ。

▼男は農林省の技師、女はタイピストで、日本軍の仏印進駐を受けて役所から高原都市のダラットに派遣される。フランス風の街並み、内地とは別世界の穏やかな日々……。太平洋戦争末期の東南アジアに、こんなエアポケットのような場所があったのだ。それはもちろん、かりそめの平和、かりそめの豊かさではあったが。

▼そういう歴史を記憶にとどめる人は、いまわずかだろう。しかし終戦時、仏印駐留の日本兵は約8万人にのぼった。芙美子が描いたような人々も少なからずいたはずだ。ベトナムは日本と深い縁を持つのである。この国を巡る旅を、天皇、皇后両陛下がきのう始められた。お互いが両国のつながりを知る契機になるといい。

▼「浮雲」の2人は苦労しながらも祖国の土を踏むが、日本兵のなかには現地に残ってベトナム独立戦争に加わった人もいた。両陛下はその家族にも面会されるという。「この戦争は、日本人に多彩な世界を見学させたものだ」と芙美子は主人公に述懐させている。さまざまな物語をようやく終わらせる、初の訪越であろう。
林芙美子晩年の代表作「浮雲」のキーワードは「仏印」である。いまのベトナムなどにあたるフランス領インドシナ――これを仏印と  :日本経済新聞