2017年3月7日火曜日

2017-03-07

東日本大震災を経験した麻生川校長曰く、震災時は人としてどう動くかが問われる。

 宮城県南三陸町の戸倉小学校は、かつて海岸から300メートルの所にあった。授業で磯遊びをし、サケを飼育した。そんな恵みの一方で、津波の被災マップでは危険ゾーン内。校長だった麻生川敦さんが先生らと避難の方法を協議しだしたのは東日本大震災の2年前だった。

▼話し合ううち、職員室にはラジオがないことがわかり驚いた。非常時の学校運営に必要な事柄を詰めるなか、3.11の大きな揺れが襲う。「必ず津波が来る」。子どもら100人と近くの高台へ。だが、そこも30分後に泥流がのみ込んだ。さらに小高い神社へと駆け上がり、空腹に耐えながら、余震におびえ夜を明かした。

▼子どもらは自宅が全壊し、各地の避難所へ散り散りになっている。先生らも自らの生活の立て直しに追われた。それでも「学校再開が日常への第一歩」と麻生川さんは信じた。外部団体から教材の支援を受け2カ月後、内陸の廃校で始業式にこぎ着ける。長いバス通学にめげず、子どもらは校舎や校庭で歓声をひびかせた。

▼麻生川さんは今、仙台近郊の小学校校長だ。体験を研修などで80回余り伝えてきた。「想定外の事態の前では、時に大胆な判断も必要だ」「地域をよく知る人こそ防災力が高い」など教訓は重い。甚大な被害の下では「教員」としてより、人としてどう動くかが問われると強調する。来るべき日の備えとしてかみしめたい。
宮城県南三陸町の戸倉小学校は、かつて海岸から300メートルの所にあった。授業で磯遊びをし、サケを飼育した。そんな恵みの一  :日本経済新聞

2017年3月6日月曜日

2017-03-06

情報公開といいながら黒塗りの書類を提出した政府は、よほど世間の目が怖いのだろう。

 ぎょっとした。明け方、がさごそと音がした。明るくなってみると、夫の顔が真っ黒である。妻は確信する。やっぱりね。また、女のところに行っていたに違いない。してやったり。べっとりと墨塗りの顔が動かぬ証拠だ。こんな話が鎌倉時代の「古本説話集」にある。

▼男はいつも水さしを持ち歩いていた。その女のところで、愛情があるんだよと、そら泣きしてみせていたのだ。これを知った妻は、水と墨を入れ替えておいた。しらずに顔や袖をぬらしたから、たまらない。鏡を見た男は、しかけに気づく。あまりに情けない。それからは、ニセモノの涙を流すのはやめてしまったそうだ。

▼いま、べっとりで、ぎょっとするのは役所の文書である。「森友学園」問題の始まりは、黒塗りの書類だった。文科省の天下りの件でも次々でてきた。情報公開といいながら、まるで機密書類だ。小池百合子都知事は「のり弁」とよぶ。「日の丸弁当」のように白く公開すると宣言したが、根が深い。どこまで、できるか。

▼墨塗りには、魔よけの意味もある。邪鬼は黒がにがてだからだ。むかしは正月の羽根つきで負けると、顔に塗ったものだ。各地に無病息災を祈る墨塗りの祭りが残るが、それほど多くはない。とっくにすたれたか。と思ったら、どっこい、役所の世界では、伝統が生きていた。鬼みたいに、よほど世間の目が怖いとみえる。
ぎょっとした。明け方、がさごそと音がした。明るくなってみると、夫の顔が真っ黒である。妻は確信する。やっぱりね。また、女の  :日本経済新聞

2017年3月5日日曜日

2017-03-05

大手通販会社との契約が疲弊を招いたヤマト運輸は、元社長の遺産を健全に発展できるか。

 最大の顧客である老舗百貨店、三越と決別し、同社の配送業務から撤退する――。38年前、ヤマト運輸の社長だった小倉昌男さんは決断した。胸中を後に著書「小倉昌男 経営学」に記している。問題は百貨店そのものではなく君臨するワンマン社長のやり方にあった。

▼高価な絵画や別荘地、映画の前売り券を買わされた。こうした点は浮世の義理と諦めたが、百貨店の業績悪化の穴埋めに配送料金を下げられ、物流センターでは駐車料金を徴収された。業績回復後もこれらの措置は変わらず、ヤマトの三越担当部門は赤字に転落。契約解除で社内の空気はすっきり明るくなったと振り返る。

▼大口荷主を切ることができた背景に、この3年前に始めた新規事業である宅急便への自信があった。街の人々から小さな荷物をこつこつと集め、迅速に間違いなく配る。正確できめ細かなサービスは信頼を集め、生活や仕事に不可欠の存在となった。その宅急便の現場が疲弊し、総量を抑制しようかとの事態に陥っている。

▼個人からの集荷は効率こそ悪いが「主婦は運賃を値切らず、現金で払ってくれる」。そろばんもしっかりはじき、倉庫の自動化などに投資も怠らなかった。今の混乱は4年前、大手ネット通販会社との取引を広げたことから始まっている。小倉さんの遺産を健全に発展させていけるか。現経営陣の度胸と自信の程はいかに。
最大の顧客である老舗百貨店、三越と決別し、同社の配送業務から撤退する――。38年前、ヤマト運輸の社長だった小倉昌男さんは  :日本経済新聞

2017年3月4日土曜日

2017-03-04

豊洲市場を巡る石原氏の会見では、真相解明の難しさと在任中の無責任体制が露呈された。

 山岳小説で名を成した新田次郎さんが第34回直木賞に輝いたのは1956年だ。芥川賞の方の「同期生」は石原慎太郎さんである。授賞式は2月に当時、銀座8丁目にあった文芸春秋のビルで行われた。約30人が集まり、正賞にスイス製の腕時計、副賞は10万円だった。

▼「何に使いますか」と記者に問われ、石原さんは「こういうお金はみんなして飲んでしまうものじゃあないですか」と答えたという。新田さんが自伝で触れている。「都庁で会おうぜ」と知事に初当選した際の記者会見を終えたり、小池百合子知事を「厚化粧」と評したり、この人の奔放な弁舌は何かと注目を集めてきた。

▼そして、昨日「果たし合いに向かう侍の気持ち」と臨んだ豊洲市場の整備をめぐる記者会見である。「権威ある科学者が、豊洲は問題ないと言っている。移転しないことに不作為の責任がある」などと、初っぱなで小池知事に一太刀浴びせはしたものの、後は「記憶にない」「自分は専門家ではない」と守勢に立たされた。

▼「裁可した責任はある」と反省する一方「行政や議会、みんなで決めた」と続ける。「太陽の季節」の主人公が打ち込むボクシングでいえばクリンチに逃れたといえようか。会見で2点明らかになった。この件で石原さんをただしても真相解明は難しそうだということ。そして、13年半に及ぶ在任中の都政の無責任体制だ。
山岳小説で名を成した新田次郎さんが第34回直木賞に輝いたのは1956年だ。芥川賞の方の「同期生」は石原慎太郎さんである。  :日本経済新聞

2017年3月3日金曜日

2017-03-03

男女同権推進の為、政党擁立候補者の男女比を均等にする法律制定に踏み出す事が重要だ。

 「男どもが天下国家を論じて武器などを担いであちらこちら走り回っている間も、女たちは着実にエレガントに次の世代を用意してきた」。作家の池澤夏樹氏がそう書いている。人類が女性だけになれば、世の中からもう少し争いごとが減るのでは、と思わなくもない。

▼勇ましい女性がいなかったわけではない。巴御前やジャンヌ・ダルクは自ら戦場に立った。とはいえ、それは例外だから歴史に刻まれたのだ。多くの女性は銃後にあって、戦地の夫や息子の無事を祈ってきた。男性優位の時代と戦争の世紀はかなり重なる。男女同権を推進することは、世界を平和に導く一歩となるはずだ。

▼きょうはひな祭りである。男の子の節句は祝日なのに、女の子の節句が普通の日なのはどうなのか。たいていの女性はそう思った経験があろう。子ども時代の刷り込みは、社会の深層心理に大きな影響を与える。女性の地位を高めていくには、こどもの日を3月と5月でときどき入れ替えてみるのも、一案ではなかろうか。

▼政党が擁立する候補者の男女比を「均等」にするように促す法律が間もなく制定される。義務付けにしろ、「同数」と明記しろ、などの批判はあるが、まずは踏み出すことが重要だ。米国の女権運動家アリス・ポールは参政権を得たあと、力説している。「ここで満足してはいけない。私たちはもっと遠くまで行ける」と。
「男どもが天下国家を論じて武器などを担いであちらこちら走り回っている間も、女たちは着実にエレガントに次の世代を用意してき  :日本経済新聞

2017年3月2日木曜日

2017-03-02

トランプ氏は雰囲気をなごませる手段として、ジョークをきめるチャンスがたくさんある。

 1981年、米共和党のレーガン大統領が狙撃されて、病院に運び込まれた。手術台を取り囲んだ医師団を見上げ、「ところで君たちは共和党員だろうね?」。米国では気のきいたジョークを口にできるかどうかもまた、大統領を評価する重要なポイントになるという。

▼このエピソードには続きがあり、医師の一人が「今日は全員共和党員ですよ」と応じたというから素晴らしい。レーガンさんは緊迫した場面でもジョークを飛ばして、国民に広く愛された。さて現大統領、トランプさんの技量はどうであろうか。残念ながらいまのところは、攻撃的な弁舌や憤った表情ばかりが目に浮かぶ。

▼世界中が注目した施政方針演説では、公約に掲げていたメキシコ国境の壁の建設や、不法移民対策の必要性を改めて強調していた。ただ選挙戦を引きずった激しい物言いは控え、戦闘モードはずいぶん和らいだ印象だ。これからは糾弾ではなく、対話を通して政策を実行したい。そんな決意の表れだとすれば大歓迎である。

▼ジョーク好きで知られた落語家の立川談志さんは、「政治家がジョークを織り込まなくてもいいのは宣戦布告ぐらいだ」と話していた。ジョークはぎくしゃくとした雰囲気をなごませ、ピンチを切り返す力を持つ。そうだとすれば、トランプさんにはこの先、しゃれたジョークをきめるチャンスがたくさんあるように思う。
1981年、米共和党のレーガン大統領が狙撃されて、病院に運び込まれた。手術台を取り囲んだ医師団を見上げ、「ところで君たち  :日本経済新聞

2017年3月1日水曜日

2017-03-01

天皇、皇后両陛下のベトナム訪問が、互いが両国のつながりを知る契機になるといい。

 林芙美子晩年の代表作「浮雲」のキーワードは「仏印」である。いまのベトナムなどにあたるフランス領インドシナ――これを仏印と呼んだ戦時中に当地で出会った男と女。日本に引き揚げてきた2人は戦後の社会に戸惑いつつ追憶に浸る。戦争が翻弄した恋の物語だ。

▼男は農林省の技師、女はタイピストで、日本軍の仏印進駐を受けて役所から高原都市のダラットに派遣される。フランス風の街並み、内地とは別世界の穏やかな日々……。太平洋戦争末期の東南アジアに、こんなエアポケットのような場所があったのだ。それはもちろん、かりそめの平和、かりそめの豊かさではあったが。

▼そういう歴史を記憶にとどめる人は、いまわずかだろう。しかし終戦時、仏印駐留の日本兵は約8万人にのぼった。芙美子が描いたような人々も少なからずいたはずだ。ベトナムは日本と深い縁を持つのである。この国を巡る旅を、天皇、皇后両陛下がきのう始められた。お互いが両国のつながりを知る契機になるといい。

▼「浮雲」の2人は苦労しながらも祖国の土を踏むが、日本兵のなかには現地に残ってベトナム独立戦争に加わった人もいた。両陛下はその家族にも面会されるという。「この戦争は、日本人に多彩な世界を見学させたものだ」と芙美子は主人公に述懐させている。さまざまな物語をようやく終わらせる、初の訪越であろう。
林芙美子晩年の代表作「浮雲」のキーワードは「仏印」である。いまのベトナムなどにあたるフランス領インドシナ――これを仏印と  :日本経済新聞