2014年8月7日木曜日

2014-08-07

日本領土を明確にするには、島の存在を確かめ世界に訴え続ける政府の努力が欠かせない。

2014/8/7付

 大海原が広がっていた。天空から降りてきた巨大な矛が水面をかき回す。矛先から滴った海水が積もり、やがて島が出現する。ここにイザナギ・イザナミの2神が降りて結婚。四国、九州などの大八島や海神、風神などを相次いで、産み出す。「古事記」が記す神話だ。

▼潮がひとりでに凝り固まってできたから自凝(オノゴロ)島という。そう名付けられて国産みの島となった。命名は不思議だ。土地も人間もモノも名前がついて初めて、世の中での居場所がはっきりする。なければ、あれそれと指さすしかない。どこなのか。誰なのかも分からない。呼称があれば、自分だけでなく他人にも話が通じる。

▼政府が158の無人島に命名した。日本の領土を明確にする狙いがある。地元での通称を参考に「ゴウゴウ島」「ヘソイシ」「茶釜」など変わった呼び名も正式名とした。これで島の位置づけが、これまでより鮮明になった。だが、尖閣諸島周辺で挑発を繰り返す中国などには話が通じない。すぐに、断固反対を表明した。

▼実は、命名だけでは心細い。名称がいつも現実を裏付けるとは限らないからだ。オノゴロ島にも実在説と架空説がある。哲学者、田中美知太郎も「われわれは名をつけただけで、ものを完全に支配することは出来ない」(「ロゴスとイデア」)と指摘していた。常に島の存在を確かめ、世界に訴え続ける努力が欠かせない。
大海原が広がっていた。天空から降りてきた巨大な矛が水面をかき回す。矛先から滴った海水が積もり、やがて島が出現する。ここに  :日本経済新聞

2014年8月6日水曜日

2014-08-06

笹井氏の死は科学の進歩を遅らせる要因であることを、笹井氏自身に理解して欲しかった。

2014/8/6付

 死者は、どんな厳しい、また見当外れな非難を受けても、聞く耳がない。傷つけられても、傷つけられたことを永遠に知らない。これこそ死者の特権である――。哲学者で随筆家、詩人でもあった串田孫一が晩年そう書き記している。その一節を思わずにはいられない。

▼串田の断想は生きている者の理屈だし、むろん、この小文も同じである。だから、死者からすれば「なんと身勝手な言い草か」ということがあるだろう。しかし、「死者の特権」への誘惑に屈するかのように渦中の人物が自殺することは何度もあった。理化学研究所の笹井芳樹氏(52)の自殺にもまた、そんな印象を持つ。

▼STAP細胞の問題は半年も世を騒がせ続けている。笹井氏には、論文の不正を何もかも明らかにする責任があった。指導する立場から論文作成にかかわったのだから当たり前である。ただ、変な言い方だが、STAPには早くケリをつけて日本の再生医療研究の最先端の現場に戻ってきてほしいという声も多かったのだ。

▼英国の科学ジャーナリスト、サイモン・シンは「死は、科学が進歩する大きな要因のひとつなのだ」という。頑迷な大御所の死とともに、古くて間違った理論が消え去るからである。しかし、笹井氏の死は科学の進歩にブレーキをかける大きな要因になるだろう。そのことだけにでも聞く耳を持ち続けてほしかったと思う。
死者は、どんな厳しい、また見当外れな非難を受けても、聞く耳がない。傷つけられても、傷つけられたことを永遠に知らない。これ  :日本経済新聞

2014年8月5日火曜日

2014-08-05

アフリカ西部で拡大するエボラ禍は未だ有効な治療法がなく、遠い場所の出来事ではない。

2014/8/5付

 1960年代、大阪市の真ん中で奇妙な病気が流行した。発熱や頭痛をともなって腎不全を発症、ひどくなると皮下出血を起こす。約120人の患者が出て2人が亡くなった「梅田熱」である。のちに原因は、ネズミを自然宿主とするハンタウイルスの感染とわかった。

▼本来は特定の動物の体内でおとなしくしているのだが、何かのきっかけで外に飛び出すと人間に襲いかかる。そういう病原体による感染症が20世紀の後半から相次いで確認されるようになった。なかには梅田熱の比ではない激しい出血をきたす病気も多く、ラッサ熱やエボラ出血熱はヒトからヒトへもうつる始末の悪さだ。

▼そのエボラ出血熱がアフリカ西部で深刻な広がりをみせている。ワクチンや有効な治療法がなく、致死率は最悪90%に達するという。ギニアなどで死者は合わせて700人を超え、かつてない規模の感染だ。被害は欧米からの医師や支援団体メンバーにも及んでいる。医療体制も十分に整わぬ土地での魔物との闘いである。

▼エボラ・ウイルスの自然宿主は未特定だが、コウモリの一種とみられる。都市のドブネズミであれ西アフリカの森のコウモリであれ、さまざまな生き物と平和共存していたウイルスにヒトが触れたときから始まった災厄を人類はどう乗り越えたらいいのだろう。たけだけしき勢いのエボラ禍は、遠い場所の出来事ではない。
1960年代、大阪市の真ん中で奇妙な病気が流行した。発熱や頭痛をともなって腎不全を発症、ひどくなると皮下出血を起こす。約  :日本経済新聞

2014年8月4日月曜日

2014-08-04

近年国内出荷量減少のビール系飲料は、消費が増え勢いのあるインドやタイとよく似合う。

2014/8/4付

 湯上がりにビール、ビールとはやる心を抑えつつ冷蔵庫を開けて、無情にもそこに買い置きの缶がなかったときのショックはなかなか大きい。などと書くと昭和のお父さんそのものなのだが、なに、日本人のビール好きは明治のむかしからのDNAにほかならぬようだ。

▼田山花袋の「田舎教師」に、湯屋の座敷で昼から飲み始める場面がある。「校長は自分のになみなみと注いだ。泡が山をなして溢(こぼ)れかけるので、あわてて口をつけて吸った」というから飲んべえたちは100年前も同じ所作で気炎をあげていたのだ。ただしコップにブッカキ氷を入れてあおっているのは時代というものか。

▼そんな国民的飲み物も、近年はあまり元気がない。発泡酒なども含めたビール系飲料の昨年の出荷量は9年連続で過去最低を更新した。若者のアルコール離れや会社の宴席は敬遠という風潮に加え、例の「とりあえずビール」がすたれてきたせいもあろう。そういえば昨今の女子はスパークリングワインなんぞで乾杯する。

▼とはいえ日本はなお世界第7位のビール消費大国だが、ここにきてインドやタイの伸びが著しいそうだ。盛大な泡立ちと爽快感は、たしかに勢いのある国によく似合う。なにかにつけてうんと冷えた一杯が欠かせぬ昭和オヤジにもそういう意気あり――と言っておこうか。「矢の如くビヤガーデンへ昇降機」(後藤比奈夫)
湯上がりにビール、ビールとはやる心を抑えつつ冷蔵庫を開けて、無情にもそこに買い置きの缶がなかったときのショックはなかなか  :日本経済新聞

2014年8月3日日曜日

2014-08-03

望む結果に修正された犯罪件数が判断基準とされており、数字のもつ怖さを実感した。

2014/8/3 3:30

 米国の検事に頼まれ、日本の治安状況を説明したことがある。犯罪の少なさ以上に先方が驚いたのは、小さな事件まで漏らさずに記録する日本式の統計だ。自転車を盗んだり、けんかで軽いけが人が出たりするくらいでは、米国では犯罪として扱っていないようだった。

▼「でも日本もこの先、犯罪が激増すれば米国式の統計になると思う」。検事が別れ際に笑いながらこう言ったのが印象に残っている。そんな米国方式が、ひそかに大阪で採用されていたとは驚きだ。2012年までの5年間に起きた事件のうち、1割近い8万件余りを大阪府警が犯罪統計に計上していなかった問題である。

▼多くは自転車を盗むなどの比較的軽い犯罪のようだ。こうしたやり方は「街頭犯罪」が全国で最多という汚名を返上しようとするなかで、少しずつ現場に広がったとみられている。その結果、大阪の街頭犯罪は10年から3年連続で東京を下回った。府警は胸を張ったが、実際には一度も最悪記録を脱してはいなかったのだ。

▼同じ駐車場で起きた自動車内の盗みは、まとめて1件と数える。空き巣の数が増えると上司に叱られるので、鍵を壊す器物損壊にかえる。この手の話は大阪以外の警察でも耳にした。どのくらい目標に近づいたかを判断するための統計が、望む結果にあうように修正されていく。数字の持つ怖さを実感させられる話である。
米国の検事に頼まれ、日本の治安状況を説明したことがある。犯罪の少なさ以上に先方が驚いたのは、小さな事件まで漏らさずに記録 :日本経済新聞

2014年8月2日土曜日

2014-08-02

コスプレは文化交流にも役立つが、電話での成りすましやスマホID乗っ取りは言語道断だ。

2014/8/2付

 狐狸庵先生、遠藤周作は変装が大好きだった。あるとき、頭巾に白髭、仙人のような格好で杖(つえ)をついて銀座の酒場の扉をくぐる。一瞬、森閑とする店内。山口瞳、池田弥三郎といった旧知の人々もホステスも仰天。ポカンと見ていたが、正体にまったく気づかなかった。

▼衣装や化粧で声や気分も別人になった気がする。こんな楽しみがあったのか。愉快でたまらないと書いている(「古今百馬鹿」)。年齢も性別も違う。別世界で暮らす。理想の人物になりたい。だれにもあるそんな願望を古来、奇抜で滑稽ともみえる仮装が満たしてきた。その思いにいま応えているのはコスプレだろうか。

▼名古屋で「世界コスプレサミット」が開催中だ。日本の漫画、アニメの登場人物に扮(ふん)する演技は世界的ブームが続く。12回目の今回は22カ国から愛好家が集まり2日に優勝者が決まる。狐狸庵先生には十年一日の生活を逃れる夢の姿が仙人だった。漫画には世界の若者が殺伐とした現実を忘れる魔法があるのかもしれない。

▼電話での成りすましやスマホのID乗っ取りなど、悪い変装が横行している。凶悪化して金銭被害も深刻になっている。コスプレは文化交流にも役立つが、詐欺は言語道断。ギリシャ神話のペンテウス王は女装して祭儀をのぞき見したことで、八つ裂きにされてしまう。よこしまな仮装には、身を滅ぼす奈落が待っている。

2014年8月1日金曜日

2014-08-01

吉原遊女の白い着物を雪に見立て涼を味わおうとした、江戸っ子の粋に学びたい。

2014/8/1付

 八月朔日(ついたち)に吉原の遊女たちが白無垢(むく)を着ている情景を「八朔(はっさく)の雪」と言うのです――。高田郁さんの人気時代小説シリーズ「みをつくし料理帖(ちょう)」の中に、こんな言葉が出てくる。朔日というのは旧暦で月の初めの日を指している。要するに八朔は旧暦8月1日のことだ。

▼伝統的な日本の年中行事の世界では大切な日だった。いまの暦なら9月の前半にあたり、当時は早稲(わせ)が実るころ。その年で初めて稲穂を刈り入れる日とされ、その初穂を神様にささげたり、親しい人やお世話になった人に贈ったりする習慣が、まず農村で根付いたらしい。やがて武家や商家にも、贈答の習わしが広がった。

▼徳川将軍家のお膝元、江戸では、別の理由からも特別の日だった。幕府を開く前、天正18年(1590年)のこの日に徳川家康が初めて江戸城に入ったとされていて、やがて開かれた江戸幕府では正月とならぶ重要な日と位置づけられた。大名や旗本は毎年、白帷子(かたびら)に身を包んで江戸城に参上し、将軍家にお祝いを述べた。

▼そんな武士たちの慣習が幕府公認の遊里にも及んだ、というわけでもないらしいのだが、吉原では毎年、遊女たちが白無垢姿で客を迎えたそうだ。それが冒頭に引用した「八朔の雪」のたとえとなる。明治5年の改暦で旧暦の季節感は消えたけれど、白い着物を雪に見立て涼を味わおうとした江戸っ子たちの粋に学びたい。
八月朔日(ついたち)に吉原の遊女たちが白無垢(むく)を着ている情景を「八朔(はっさく)の雪」と言うのです――。高田郁さん  :日本経済新聞