2014年9月30日火曜日

2014-09-30

政権交代の序幕となり日本政界を活性化させた土井さんが逝って、民主主義を再認識する。

2014/9/30付

 ステージではいつも艶(あで)やかだったテレサ・テンさんが、運動会の小学生のような鉢巻き姿で歌ったことがある。私の家は山の向こう……。1989年5月27日。中国の民主化を訴えていた学生らを応援するため、香港で開かれたチャリティー・コンサートでのことだ。

▼周知の通り、このときの民主化運動を共産党政権は武力で制圧した。香港のコンサートから間もない6月4日に起きた、いわゆる天安門事件だ。衝撃を受けたテレサ・テンさんはアジアを離れ、パリで暮らすようになった。42歳の若さで亡くなったのは、6年後。そして今、香港は民主化をめぐって再び大きく揺れている。

▼今回は香港の政治が焦点だ。香港のトップを決める選挙が3年後に予定されているのだが、民主派の候補を事前に排除する名ばかりの「普通選挙」を共産党政権が打ち出したことに、学生たちが反発している。デモ隊と警官隊の衝突も起きた。この四半世紀、中国の経済は目覚ましく発展したが、政治の歩みは何とも鈍い。

▼ひるがえって日本はどうか。25年前にピークを迎えたバブルが崩壊したあと経済は停滞してきた印象が強いけれど、政治の面では政権交代が何度かあった。序幕となったのが、89年7月の参院選だろう。土井たか子委員長ひきいる社会党が、自民党を第2党に後退させた。土井さんが逝って、改めて民主主義をかみしめる。
ステージではいつも艶(あで)やかだったテレサ・テンさんが、運動会の小学生のような鉢巻き姿で歌ったことがある。私の家は山  :日本経済新聞

2014年9月29日月曜日

2014-09-29

噴火はすっかり絶えたと思わせる休火山も死火山も、活火山であるという現実に向き合え。

2014/9/29付

 活火山、休火山、死火山――。むかし学校でこの3分類を教わり、頭にすり込まれた人は多いだろう。阿蘇山や浅間山は「活」、富士山は「休」、御嶽山や箱根山は「死」であった。しかし現在はこういう区分は廃され、過去1万年以内に噴火した山はすべて「活」だ。

▼歴史時代、つまり文字が生まれてからの噴火記録がなければ死んだと見なし、記録があっても長く眠っていれば休止中というのがかつての判定だった。大自然に人間の時間感覚をあてはめたのだから無理な話で、しだいに再検討が進んだ。それを決定づけたのが1979年の御嶽山の噴火だ。死火山が生きていたのである。

▼その御嶽が、また猛(たけ)っている。紅葉シーズンのおだやかな週末、不意打ちのように襲った爆発はたくさんの登山客をのみ込んだ。救援救助も思うにまかせず、被害の全容さえつかめぬ事態にもどかしい思いがただ募る。火山にしてみれば、これもほんの一瞬の身じろぎであるに違いない。人はその前になすすべもないのか。

▼真冬のよく晴れた日、濃尾平野から望む御嶽山は息をのむほどの荘厳さである。篤(あつ)い山岳信仰を生み、噴火などすっかり絶えたとも思わせてきたゆえんだ。けれど火山にあっては「休」も「死」もかりそめの姿、おしなべて「活」であるという現実にあらためて向き合わねばなるまい。それにしても御嶽よ、はやく鎮まれ!
活火山、休火山、死火山――。むかし学校でこの3分類を教わり、頭にすり込まれた人は多いだろう。阿蘇山や浅間山は「活」、富士  :日本経済新聞

2014年9月28日日曜日

2014-09-28

政府は学生支援の奨学金等の予算を惜しまず、経済的理由での学生の大学中退を防止しろ。

2014/9/28付

 「苦学」という言葉がさかんに使われた時代があった。家は貧しいけれど働いて学資を得ながら学ぶ。苦しくとも、そうすればきっと未来は開けると若者たちは夢を膨らませたのだ。明治後期にはすでに「苦学界」「東京苦学案内」といった雑誌や本も出ていたという。

▼戦後になってもそういう苦学生はたくさんいて、定時制高校や大学夜間部はよく青春映画の舞台になった。されどそれもこれも、過ぎ去った遠い昔の話と思いがちだが現実は違う。文部科学省によれば、2012年度の大学中退者7万9千人のうち20%は経済的理由での勉学断念だった。07年度調査より6ポイントも増えている。

▼お金がなくてキャンパスを去った若者がこれだけ多いということは、その一歩手前で歯を食いしばっている平成の苦学生も相当な数にのぼると知るべきである。アルバイトに明け暮れ、食べるもの着るものへの欲も抑えて過ごす4年間なのだ。親のスネをかじり放題の、バブル期あたりのリッチな学生像は遠のいて久しい。

▼政府は無利子奨学金などで学生を支えるというが、こういうところへの予算は惜しんではなるまい。苦学はしばしば美談として語られるけれど、明治大正のころの苦学生も初志を貫徹できるのは100人に1人の険しい道だったという(竹内洋著「立志・苦学・出世」)。豊かになったこの国にあってはならぬ景色だろう。
「苦学」という言葉がさかんに使われた時代があった。家は貧しいけれど働いて学資を得ながら学ぶ。苦しくとも、そうすればきっと  :日本経済新聞

2014年9月27日土曜日

2014-09-27

人の心を大切にする経済学をテーマとした宇沢氏の人生は、人間臭さに満ちた生涯だった。

2014/9/27付

 日本の大手企業のトップらで構成する日中経済協会の訪中団が、中国の汪洋副首相らと会談した。日本側は習近平国家主席か李克強首相との会談を求めていたが、実現しなかった。

 11月に北京で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議にあわせた日中首脳会談の開催を期待する日本側には、中国側の姿勢を瀬踏みする思惑があった。中国側は慎重な構えを改めて示したといえよう。

 一連の会談では、日中関係の現状は打開する必要があるとの考えで双方が一致した。中国の高虎城商務相は、日本からの対中直接投資が大きく落ち込んでいることに懸念を表明した。

 今年上半期の日本から中国への対中直接投資額は前年同期に比べ48%減った。原因として中国側からは、日中の政治関係の悪化を特に問題視する声が出たようだ。確かに、政治問題は経済関係に深刻な影を落としている。

 2012年に尖閣諸島を国有化したあとの反日デモでは、日系企業への焼き打ちや略奪が起きた。昨年の安倍晋三首相の靖国神社参拝などで歴史認識をめぐるあつれきが深まるなか、商船三井の船舶の差し押さえなど経済の面でも過去を問う動きが浮上した。

 ただ、政治リスク以外の要因も少なくない。人件費の急激な上昇や依然ずさんな知的財産の保護、透明性を欠いたビジネス環境などを心配する声は多い。

 こうした問題をめぐって率直に意見交換し着実に改善していくことは、双方にメリットがある。途絶えている閣僚級の「日中ハイレベル経済対話」を再開したいと汪副首相が表明したのは、意味があろう。双方の官民がそろって知恵を出し合うべきだ。

 ここにきて日中間では政治面の接触も増えている。両国外相が会談し、東シナ海で不測の事態に備える高級事務レベル海洋協議が開かれた。とはいえ双方が掲げる「戦略的互恵関係」にはなお遠い。一層の努力が求められる。
日中の「互恵」へ一層の努力を  :日本経済新聞

2014年9月26日金曜日

2014-09-26

日本企業は環境変化の激しさへの対応が不十分なので、状況に応じた不断の改革が必要だ。

2014/9/26付

 米国の詩人サミュエル・ウルマンの「青春」は多くの経営者をひきつけてきた。「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを言う……年を重ねただけで人は老いない……」(作山宗久訳)。彼の住んだ家を記念館にする際は東洋紡の宇野収氏らが寄付を募った。

▼詩の原文を自分流に意訳して、座右の銘にしていたのがパナソニックを創業した松下幸之助氏だ。「日に新たな活動を続ける限り、青春は永遠にその人のものである」。「日に新た」とはその時々の状況をみて、ふさわしい手を打つこと。独立採算で責任意識を持たせる事業部制は組織を老いさせない工夫だったのだろう。

▼このところの米欧企業の事業再編も、会社の若さを保とうとしているからに違いない。米ゼネラル・エレクトリック(GE)に続いて独シーメンスも家電事業の売却を決めた。ともに成長性の高いエネルギーやインフラ分野に集中する。過去への郷愁を捨て、長い歴史を持つ事業部門からも撤退する思い切りの良さがある。

▼日本企業も経営改革が進んできたが、消費の変化に十分対応できていないダイエーなどの例もある。好調組も環境変化の激しさを考えれば不断の改革が必要だ。ウルマンによれば、青春とは「臆病さを退ける勇気、安きにつく気持を振り捨てる冒険心」も意味する。読み直すと改めて啓発されるところがあるかもしれない。
米国の詩人サミュエル・ウルマンの「青春」は多くの経営者をひきつけてきた。「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたを  :日本経済新聞

2014年9月25日木曜日

2014-09-25

外税表示による支払い時の心理負担を解消し、消費を盛り上げる政策は企業の知恵か。

2014/9/25付

 「一つ六銭だよ」。屋台のすし屋のあるじに言われて、仙吉はつまみかけた鮪(まぐろ)のにぎりを元に戻す。ふところには4銭きり。多分これで足りると思ったのが計算違い、少年は逃げるように店を後にするのだった――。志賀直哉の名作「小僧の神様」の有名な場面である。

▼大正時代の小僧さんのような気分を、買い物のさいに味わっている人も少なくあるまい。この春の消費税アップにともない外税表示が認められるようになったため、ときとして会計の段になって往生するのだ。1980円か、こりゃあ値ごろだな……と千円札を2枚出してお釣りを待っていたら「138円足りませんっ」。

▼「外税を知らずにレジで天仰ぐ」「値札見て『込み』か『抜き』かと目をこらす」。神戸元町商店街が先月、消費税をテーマに募集した川柳にもこんな作品が並んだ。レジでいきなり8%を加算されたときの負担感はなかなかのもので、増税をいやでも意識するはめになる。ここにきての消費伸び悩みの一因かもしれない。

▼わずかな差でも「イチキュッパ」に引かれるのが人の世だ。なのにつれない外税表示だが、再増税のあかつきには内税表示に戻ると言われても「10%」が頭に浮かんでこれまた心乱れよう。かの小僧はやがて鮨(すし)をたらふく食べさせてくれる紳士に出会う。消費を盛り上げるそういう「神様」はどんな政策か、企業の知恵か。
「一つ六銭だよ」。屋台のすし屋のあるじに言われて、仙吉はつまみかけた鮪(まぐろ)のにぎりを元に戻す。ふところには4銭きり  :日本経済新聞

2014年9月24日水曜日

2014-09-24

平安期の遺跡で出土した土器片に残る平仮名が、ひじきに見えてくる我が身が情けない。

2014/9/24付

 「君からのメールがなくていまこころ〔………〕より暗し」(笹公人)。さて、カッコのなかにはどんな言葉が入るでしょう。歌人の栗木京子さんが若い人向けに書いた著書「短歌をつくろう」で、こんな練習問題を出している。比喩の面白さを分かってもらうためだ。

▼答えは「平安京の闇」。きらびやかな都の底知れない暗さが「メールの来ない絶望感を示すにはうってつけ」と栗木さんは感心しきりなのだが、闇のなか、わずかな明かりの下でしたためたのだろうか。平安期の遺跡で出土した土器片に残る平仮名が、字の稽古で古今和歌集の一首を写したものだという新説が発表された。

▼切れ切れでこれまで解読できなかった字の連なりは、詠(よ)み人知らずの「幾世しもあらじ我が身をなぞもかく海人(あま)の刈る藻に思ひ乱るる」と読めるそうだ。意味は「ずっとは生きられぬ私なのになぜ漁師が刈る海藻のように心が乱れるのだろう」。なにゆえの心の乱れか、平安人はそれを海藻のゆらめきにたとえたのである。

▼もちろん土器片をどんなに眺めたって素人にはチンプンカンプン。うまい下手も分かりはしない。で、思い出したことがある。落語家、柳家小三治師が「ひじきをばらまいたような字」と言って笑わせた高座である。どんな字をたとえたかはご想像に任せるとしても、土器片の墨跡がひじきに見えてくる我が身が情けない。
「君からのメールがなくていまこころ〔………〕より暗し」(笹公人)。さて、カッコのなかにはどんな言葉が入るでしょう。歌人の  :日本経済新聞