2014年4月7日月曜日

2014-04-07

夢を持ち出会いを大切にし達成した矢島さんの軌跡は同世代の人達にも参考になりそうだ。

2014/4/7付

 「次の出荷は5月の下旬」。販売元のホームページに、そう表示している食器がある。生産が注文に追いつかないのだ。底の平らな茶わんや深めの皿のような器が、3点セットで3000円台から5000円台。決して安くはない。想定する使い手は6歳までの幼児だ。

▼商品名は「こぼしにくい器」。内側の上部をちょっとした出っ張りが一周しており、そこで食べ物を押さえればスプーンに載せやすい。生産には手間がかかる。手づくりするのは各地の漆器や陶磁器の職人たちだ。漆器の場合、ふつうなら木を削るのにカンナ2本で済む。この器は形が複雑なので5本を使い分けるそうだ。

▼企画・販売する「和(あ)える」は、矢島里佳さん(25)が慶大卒業と同時に立ち上げた会社だ。中学で茶道、華道を習い伝統工芸に引かれた。大学に通いながら職人を訪ね歩き、週刊誌に記事を書く中で、安い物に押され職人も減っていると知る。技を守るには理解者を増やすこと。それには早くから本物に触れることだ――。

▼こうして伝統技術で作る幼児用品というアイデアが生まれた。ただしこうした技は本来、高級品のためのもの。突飛(とっぴ)な思いつきに協力してくれたのは取材で出会った職人たちだった。今では有名百貨店も和えるの品を扱う。夢を持つこと。出会いを大切にすること。矢島さんの軌跡は同世代の人たちにも参考になりそうだ。
「次の出荷は5月の下旬」。販売元のホームページに、そう表示している食器がある。生産が注文に追いつかないのだ。底の平らな茶  :日本経済新聞

2014年4月6日日曜日

2014-04-06

相次いで水揚げされる深海魚は、気軽に捨てたゴミが海の底まで汚すというメッセージか。

2014/4/6 3:30

 リュウグウノツカイをご存じだろうか。海や湖の底に理想郷があるという竜宮伝説にちなんだ、ロマンチックな名前を持つ深海魚のことだ。大きな目と口は人の顔のようにも見え、赤く伸びたひれが髪の毛を思わせる。人魚のモデルともなった神秘的な生きものである。

▼深海にすむはずのこの魚が、今年に入って各地で見つかっている。漁の網にかかったり浜辺に打ち上げられたりして、日本海側を中心に少なくとも10匹ほどが確認された。リュウグウノツカイ以外にも、ダイオウイカやサケガシラといった深海からの珍客が相次いで水揚げされている。今年は深海生物の当たり年のようだ。

▼深海のこうした生きものが、なぜ人間の前に姿を現すのだろうか。なにしろ生態のほとんどは謎に包まれている。ただ東海大学海洋科学博物館の話を聞けば、人間の側が原因を作っている面もあるようだ。深海魚のミズウオを解剖すると、9割近い確率で胃の中からレジ袋やペットボトルのキャップなどが出てくるという。

▼陸の上で気軽に捨てたゴミが回り回って、海の底まで汚す。物語の中で浦島太郎を背中にのせ、竜宮城へといざなったウミガメも、好物のクラゲと間違ってビニールやプラスチックを飲み込み、死んでしまうことが少なくない。打ち上げられた深海魚は、竜宮から新たなメッセージを届けに来ているということであろうか。
リュウグウノツカイをご存じだろうか。海や湖の底に理想郷があるという竜宮伝説にちなんだ、ロマンチックな名前を持つ深海魚のこ :日本経済新聞

2014年4月5日土曜日

2014-04-05

海外を手本に個性を磨く日本の大学は、急がないと国内の優秀な学生からも見放される。

2014/4/5 3:30

 満開の木々がざわめくようだ。薄桃の雲が千鳥ケ淵、上野公園など名所を覆う。植物分類学の父、牧野富太郎博士なら、まだまだ貧相と言うだろう。なにしろ、東京を桜で埋め尽くし、世界に誇る「花の都」にしよう、上空からの眺めはさぞ壮観と夢を語った人だから。

▼「私は植物の精」というほど草木好きだが、学校嫌いで小学校を2年で中退した。以降は採集、観察に明け暮れ、英語や欧米の植物学も独習した。「学生同様の待遇」(「植物記」)で教室に入れ書籍や標本を見せた東京帝大の寛大さも味方した。新種を多数見つけて世界に知られ、苦難の末、東大講師となり学位も得る。

▼現代の大学も度量が広い。東大などが14日からネットで、講義の無料配信を始める。日本史や国際政治などをビデオで学べ、宿題や試験もある。やる気さえあれば距離や年齢、経済事情も関係ない。大卒資格ではないが、修了証を企業が採用・昇進の参考に使う動きもある。普及すれば学歴の意味もずいぶん変わってくる。

▼少子化や国際競争で大学の役割が変化してきた。優秀な学生を集め、個性を磨かないと生き残れない。実は日本の大学は周回遅れ。手本となった米国の無料講座は世界で1千万人以上が受講し、モンゴルなどアジアからも秀才を次々に発掘している。急がないと国内で進路に悩む学校嫌いの異才からも置いてきぼりを食う。
満開の木々がざわめくようだ。薄桃の雲が千鳥ケ淵、上野公園など名所を覆う。植物分類学の父、牧野富太郎博士なら、まだまだ貧相 :日本経済新聞

2014年4月4日金曜日

2014-04-04

常識にとらわれず感性や好奇心を尊重することも、若者を超国際人に育てる術であろう。

2014/4/4付

 「超」だの「めちゃ」だのというと薄っぺらに聞こえるが、英語で「スーパー」と言い換えればもっともらしいお役所言葉になるものだ。文部科学省が全国の高校56校を「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」に選んだというニュースには、そんな感想である。

▼世界を舞台に活躍できる人物を育てようという高校を文科省が応援するのだという。56校には原則これから5年間、毎年1500万円ほどの援助が国から出る。申請は246校からあったというから、スポーツや有名大学進学で名をはせるのと同じように、高校にとっても「国際人育成」の宣伝文句は魅力があるのだろう。

▼もちろん英語を学ぶだけではない。大学や企業、国際機関の力も借りて「深い教養や国際的素養を身につける」という高邁(こうまい)な目的、それこそがスーパーのスーパーたるゆえんなのか。いや、深い教養や国際的素養は一生かけて学ばねばならない難物である。それを安直に目的に掲げる薄っぺらさの方が、むしろ心配になる。

▼物理学者のアインシュタインは常識が大嫌いで、「18歳までに身につけた偏見の寄せ集め」とこき下ろしたそうだ。彼は特別な才能だが、それでも澄んだ感性や好奇心を常識が邪魔する経験は誰にもある。せっかくスーパーと銘打ったのだ。若者に小賢(こざか)しい常識の衣を着せないこと。それも超国際人を育てるすべであろう。
「超」だの「めちゃ」だのというと薄っぺらに聞こえるが、英語で「スーパー」と言い換えればもっともらしいお役所言葉になるもの  :日本経済新聞

2014年4月3日木曜日

2014-04-03

日本の伝統芸能は奥が深いので、新演出をきっかけに興味を持ってもうらう方がいい。

2014/4/3 3:30

 時に情熱的に、時にはしんみりと。伝統芸能の文楽では、太夫が場面を言葉で語り、三味線が音で情景を描く。太夫と三味線が築き上げたその精緻な時空の中で、人形が絶妙な呼吸で物語を紡いでいく。この文楽という日本の一大芸術の主役は、いったい誰なのだろう。

▼美術家の杉本博司さんが新演出を施した「曽根崎心中」が、文楽の地元である大阪で大好評を博した。背景に映像を投映したり、黒子の人形遣いが客席に全身を見せたりと、本来ならご法度とされた大胆な手法が満載である。演じるのは、古典文楽の第一人者の面々。三味線の人間国宝、鶴沢清治さんが作曲を買って出た。

▼人形の動作を指導する振付師は、日本舞踊の名手でもあるそうだ。自分の体を使って美しい人形の動きを表現し、それを見て人形遣いが操作を工夫していく。舞台を見て分かったのは、動き回る人形だけでなく、人形を扱う人々もまた美しく舞っていることだ。フランス公演では人形遣いは「ダンサー」と呼ばれたという。

▼格式が高いのか、国立文楽劇場は普段なかなか客席が埋まらないそうだ。補助金の削減を突きつけて文楽協会と対立した橋下徹市長が、客席から盛んに拍手を送る姿が見えた。伝統が崩れると心配する声もあるが、新演出をきっかけに文楽の魅力に触れる人も多かろう。日本の伝統芸能の奥は深い。入り口は広い方がいい。
時に情熱的に、時にはしんみりと。伝統芸能の文楽では、太夫が場面を言葉で語り、三味線が音で情景を描く。太夫と三味線が築き上 :日本経済新聞

2014年4月2日水曜日

2014-04-02

STAP細胞捏造の悪意のほどはわからず、第一幕の背景にどんな意図があったのか知りたい。

2014/4/2付

 あの華やかな第1幕はまだ2カ月前のことだ。弱酸性の刺激を与えるだけで万能細胞ができるという画期的な発見である。理化学研究所の小保方晴子さんはおしゃれなリケジョ。意表をつく割烹着(かっぽうぎ)。小欄だって、まずそういう物語に飛びついた不明を恥じねばなるまい。

▼第2幕は文字どおりの暗転である。舞台は荒涼として、次から次へと疑惑が噴き出す。ただし肝心のSTAP細胞が存在するのかどうかは謎のまま――となれば、きのうの理研の「最終報告」は解決編の第3幕のはずだと思って誰もが注目しただろう。ところが核心部分では歯切れが悪く、なんだか隔靴掻痒(かっかそうよう)の発表だった。

▼ようするに理研の調査は、論文のチェックに終始している。そこに画像の捏造(ねつぞう)などがあったという結論だから深刻極まるのだが、ならばそういう不正は最初から何ごとかを企(たくら)んでのものだったのかどうか、いわゆる「悪意」のほどはわからない。STAP細胞の存否確認は「調査委のミッション(任務)を超える」そうだ。

▼渦中の人は沈黙を破って「とても承服できかねる」というコメントを出した。混沌たる第4幕が始まる気配だが、いっそ彼女も含め、今回の問題にかかわったみんなが舞台に上がって洗いざらい打ち明けてくれないだろうか。思えば第1幕の、あの念の入った演出にはどんな背景があったのか、ほんとうの物語が知りたい。
あの華やかな第1幕はまだ2カ月前のことだ。弱酸性の刺激を与えるだけで万能細胞ができるという画期的な発見である。理化学研究  :日本経済新聞

2014年4月1日火曜日

2014-04-01

増税前は衝動による買いだめを行ったが、増税後は商品を吟味し倹約して過ごすしかない。

2014/4/1付

 新年度を迎え「さあ、やるぞ」というときに、少しぜい肉がついた気がする。腰回りではない。生活万般、身の回りを見わたしての話である。あれもこれも、とあおられてはいないつもりでも、モノが確実に増えている。バイキングでつい食べ過ぎたときの感覚に近い。

▼消費税率引き上げは17年ぶり。5%が8%になれば国民1人にすると年に5万円ほど出費がかさむ。「税金というのは、ババぬきのババです。自分のところにこなければ、むしろ快感であったりします」と書いたのは劇作家の野田秀樹さんだが、消費税は皆ババを引くようにできている。だからこその買いだめなのである。

▼この時期にまったく後悔のない買い物をした方、それは名人芸に等しい。「駆け込み需要」と聞いては走りだし、1万円プラス税の同じモノが間もなく300円上がると思えば手が伸びる。「ババ怖さ」は当たり前でも、吟味と衝動とを載せた天秤(てんびん)が普段にまして衝動の側に傾くのが、増税前夜に街へ出た人の心中だろう。

▼天秤をこんどは吟味の側に調整し直すのがきょうである。著書「案外、買い物好き」のなかで、作家の村上龍さんがブランドものの魅力から自由になる唯一の方法は「充実した時間を持って、買い物を面倒くさいと思うこと」だと言っている。その境地は至難だが、さしあたっては「倹約」の旗印を掲げて過ごすしかない。
新年度を迎え「さあ、やるぞ」というときに、少しぜい肉がついた気がする。腰回りではない。生活万般、身の回りを見わたしての話  :日本経済新聞