2014年4月4日金曜日

2014-04-04

常識にとらわれず感性や好奇心を尊重することも、若者を超国際人に育てる術であろう。

2014/4/4付

 「超」だの「めちゃ」だのというと薄っぺらに聞こえるが、英語で「スーパー」と言い換えればもっともらしいお役所言葉になるものだ。文部科学省が全国の高校56校を「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」に選んだというニュースには、そんな感想である。

▼世界を舞台に活躍できる人物を育てようという高校を文科省が応援するのだという。56校には原則これから5年間、毎年1500万円ほどの援助が国から出る。申請は246校からあったというから、スポーツや有名大学進学で名をはせるのと同じように、高校にとっても「国際人育成」の宣伝文句は魅力があるのだろう。

▼もちろん英語を学ぶだけではない。大学や企業、国際機関の力も借りて「深い教養や国際的素養を身につける」という高邁(こうまい)な目的、それこそがスーパーのスーパーたるゆえんなのか。いや、深い教養や国際的素養は一生かけて学ばねばならない難物である。それを安直に目的に掲げる薄っぺらさの方が、むしろ心配になる。

▼物理学者のアインシュタインは常識が大嫌いで、「18歳までに身につけた偏見の寄せ集め」とこき下ろしたそうだ。彼は特別な才能だが、それでも澄んだ感性や好奇心を常識が邪魔する経験は誰にもある。せっかくスーパーと銘打ったのだ。若者に小賢(こざか)しい常識の衣を着せないこと。それも超国際人を育てるすべであろう。
「超」だの「めちゃ」だのというと薄っぺらに聞こえるが、英語で「スーパー」と言い換えればもっともらしいお役所言葉になるもの  :日本経済新聞











<編集過程>
SGHでは深い教育や国際的素養という常識にとらわれず、若者を育成することが超国際人を育てる術であろう。
SGHでは深い教育や国際的素養という、常識にとらわれないことが超国際人を育てる術であろう。
SGHでは深い教育や国際的素養という常識にとらわれず、感性や好奇心を伸ばしていくことが超国際人を育てる術であろう。
SGHでは深い教育や国際的素養という常識にとらわれず、感性や好奇心を尊重することが超国際人を育てる術であろう。
SGHでは常識にとらわれず、感性や好奇心を尊重することも超国際人を育てる術であろう。
常識的な高邁な目的を
SGHで高邁な目的だけには常識にとらわらないことも超国際人を育てる術であろう。
SGHでは常識にとらわれず、感性や好奇心を尊重することも超国際人を育てる術であろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿