2014年2月23日日曜日

2014-02-23

故シーガーの詞は進路が定まらないウクライナやけん制しあう国々を見透かしているよう。

2014/2/23付

 娘が花を摘んで若者にささげる。若者は兵士になり、やがて墓に帰ってくる。墓にはまた花が咲き、花を娘が摘む……。ベトナム戦争のころ、どこでも歌われたフォークソング「花はどこへ行った」は、ぐるぐる回るばかりの世界を描いた反戦歌の名作として知られる。

▼曲をつくった米国のピート・シーガーが1月末、94歳で死んだ。訃報に、メロディーや歌詞がふと口の端にのぼった人もいるだろう。はやりの言葉を使えば、シーガーは米フォーク界の「レジェンド(伝説)」だった。彼は、ショーロホフの小説「静かなるドン」のなかに引用されたウクライナ民謡に曲の想を得たという。

▼ウクライナはいま、混乱のなかにある。欧州連合(EU)よりロシアとの関係を重んじるヤヌコビッチ大統領の側と、これに反発する勢力との武力衝突は、一時は内戦と見まがうほどにも激しさを増した。1991年に旧ソ連から独立して20年あまり、国の針路は親欧米と親ロシアの間をぐるぐる回るばかりで定まらない。

▼それぞれの後ろ盾だったEUや米国、ロシアも、これまでけん制しあうだけだった。「花は娘が刈る/娘は嫁に行く/男は戦へ行く」。シーガーは民謡の3行に誘われ、肉付けしていったという。つくった曲では「いつになったら人は学ぶのか」という詞を呪文のごとく繰り返した。まるで今を見透かしていたかのように。
娘が花を摘んで若者にささげる。若者は兵士になり、やがて墓に帰ってくる。墓にはまた花が咲き、花を娘が摘む……。ベトナム戦争  :日本経済新聞

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