2014年5月16日金曜日

2014-05-16

具体性のない集団的自衛権の議論に、先進的な憲法草案を作った明治人の様な情熱が欲しい。

2014/5/16付

 明治のむかし、自由民権運動のころに各地で憲法草案づくりが盛んになった。植木枝盛がしたためた「東洋大日本国国憲按(あん)」や立志社の「日本憲法見込案」など、その数60本余に及ぶという。なかでも異彩を放つのが、東京都あきる野市に原本が残る「五日市憲法」だ。

▼農民や小学校教員らの討議を経て完成したこの草案は、自由や人権を重んじるきわめて先進的な内容だった。五日市を訪問されたことがある皇后さまも、昨年、こんな印象を述べられている。「近代日本の黎明(れいめい)期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした」

▼現行憲法だって同じかもしれない。占領軍の押し付けを問う声があるが、そこにはかつて潰(つい)えた理想も映されていよう。そしていま施行から67年。集団的自衛権は行使可能か、可能と解釈するなら根拠は何か。いよいよ本格化する議論は、条文にこめられた思いと現実とのはざまに細い橋を架けられるかどうかの難事業だ。

▼きのう記者会見した安倍首相はイラスト入りのパネルを使い、情感にも訴えて得々と持論を説いた。意気込みはわかるが、本当に行使する局面はどんなときか、それがどこまで許されるのか、なお見えてはこない。ともすれば迷走するこのテーマだ。向き合うのに、炉端で侃々諤々(かんかんがくがく)の憲法談議を重ねた明治人の熱がほしい。
明治のむかし、自由民権運動のころに各地で憲法草案づくりが盛んになった。植木枝盛がしたためた「東洋大日本国国憲按(あん)」  :日本経済新聞











[因]
集団的自衛権の行使について安部首相の意気込みはみえるが具体的な内容がみえてこない

[果]
炉端で侃々諤々の憲法談義を重ねた明治人の熱がほしい

<編集過程>
集団的自衛権の行使について安部首相の意気込みはみえるが具体性がないので、憲法草案の討議を重ねた明治人のような情熱が欲しい。
集団的自衛権行使の具体性がないので、憲法草案の討議を重ねた明治人のような情熱が欲しい。
集団的自衛権行使の議論には具体性がないので、憲法草案の討議を重ねた明治人のような情熱が欲しい。
集団的自衛権の議論に具体性がないので、憲法草案討議を重ねた明治人のような情熱が欲しい。
集団的自衛権の議論に具体性がないので、先進的な憲法草案を明治人のような情熱が欲しい。
具体性のない集団的自衛権の議論に、先進的な憲法草案を作った明治人のような情熱が欲しい。
具体性のない集団的自衛権の議論に、先進的な憲法草案を作った明治人の様な情熱が欲しい。

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