2014年5月20日火曜日

2014-05-20

すっぱり割り切れぬ相撲界だからこそ、現役時代から変わらぬ魁傑の誠実さが貴重だった。

2014/5/20付

 不祥事を起こす。幹部が並んで頭を下げ、謝罪し、組織の出直し・再生を誓う。おおかたの口をついて出るのは「一丸となって」である。ただし、常(じょう)套句(とうく)になればなるほど言葉の持つ重みはうせていく。そして、はた目には一丸となることの難しさばかりが見えてくる。

▼おととい急死した日本相撲協会の放駒前理事長(元大関魁傑)が任にあったのは4年前からの1年半ほどでしかない。その間、ことあれば「一丸となって」を繰り返した。やむを得まい。野球賭博に続いて八百長が発覚した大相撲は大揺れに揺れ、もはや国技の体をなしてはいないと思われて仕方のないありさまだったのだ。

▼大相撲がいまあるのはこの人がいたからだという感慨を、幾つもの追悼記事を読んで新たにした。まったく休場することがなかった現役時代のまっすぐな相撲も目に浮かんだ。しかし、力士に親方、行司や呼び出し、まげを結う床山らを合わせても千人ほどだという狭い社会が一丸になった結果の、大相撲再生だったのか。

▼抵抗もずいぶんあったという。そもそも、相撲はスポーツであり神事、芸能である。角界は実力社会であり徒弟社会である。「相撲の基本はやっぱり反デモクラシーだと思います」とは元横綱審議委員長の独文学者高橋義孝の言だ。すっぱり割り切れぬ世界だからこそ、「クリーン魁傑」を生き抜いた誠実さが貴重だった。
不祥事を起こす。幹部が並んで頭を下げ、謝罪し、組織の出直し・再生を誓う。おおかたの口をついて出るのは「一丸となって」であ  :日本経済新聞











[因]
すっぱり割り切れぬ世界だからこそ、

[果]
クリーン魁傑を生き抜いた誠実さが貴重だった。

<編集過程>
すっぱり割り切れぬ相撲界だからこそ、魁傑の誠実さが貴重だった。
すっぱり割り切れぬ相撲界だからこそ、現役時代から変わらない魁傑の誠実さが貴重だった。
すっぱり割り切れぬ相撲界だからこそ、現役時代から変わらぬ魁傑の誠実さが貴重だった。

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