2014年9月12日金曜日

2014-09-12

福島第一原発事故当時の感情が混じった調書から、事故の真の姿を再現するのは難事だ。

2014/9/12付

 言葉を会得するということは、自分の周囲にふつふつと沸き立っている無数にして無限の、無秩序な連続体に、言葉で切れ目を入れるということなのです――。井上ひさしの「本の運命」の一節である。えたいの知れない素材をさばく包丁に、言葉をたとえればいいか。

▼言葉にうるさかった井上さんは続けた。「切れ目を入れることで世界を整理整頓し、世界を解釈するわけですね。言葉なしでは世界に立ち向かうことができない」。その通りだ。しかしまた、切れ目の入った世界はもはや世界そのものではない、とも言える。包丁でさばいたものが往々にして原形をとどめていないように。

▼政府の福島第1原発事故調査・検証委員会が関係者から集めた調書のうち、19人分が公開された。故吉田昌郎第1原発所長のほか、菅直人首相、枝野幸男官房長官ら時の政府の中心人物が、ふつふつと沸き立って無秩序のふちにあった世界に切れ目を入れた言葉の束である。そうした世界に立ち向かった人々の記録である。

▼と同時に、調書とはそれぞれの解釈の結果でもある。思い込みや功名心、一時の感情の高ぶり、保身の情も紛れ込んだかもしれない。皿の上の料理から食材の姿を思い浮かべるのが簡単ではないように、証言だけから原発事故の真の姿を再現することはできないだろう。言葉の束にまた言葉で切れ目を入れる。難事である。
言葉を会得するということは、自分の周囲にふつふつと沸き立っている無数にして無限の、無秩序な連続体に、言葉で切れ目を入れる  :日本経済新聞











[因]
福島第一原発事故の感情が混じった調書

[果]
原発事故の新の姿を再現するのは難事だ。

<編集過程>
福島第一原発事故当時の感情が混じった調書から、事故の真の姿を再現するのは難事だ。


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