2014年9月1日月曜日

2014-09-01

震災体験の継承ほど大切なものはないので、被災者の体験談を記録し継承していくべきだ。

2014/9/1付

 関東大震災から50年の節目は昭和48年、第1次石油ショックの年だった。すでに大正時代は遠い昔である。それでも惨禍を知る人はたくさん生きていて、新聞やテレビには生々しい体験談があまた登場した。このころまでは、関東大震災はじかに語り継がれていたのだ。

▼しかし歳月は流れ、記憶を持つ人は急速に減っていく。今年もその日がめぐってきたのだが体験者はいよいよ数少ない。大正12年9月1日は土曜日で仕事は半ドン、学校は始業式で子どもたちも早く帰ってくるからみんなで昼食を食べるはずだった。朝から風の強い日で……。そんな語りだしをもう聞くこともなくなった。

▼激しい揺れが襲った午前11時58分は、だから多くの家庭が火を使っている最中だった。しかも折あしく台風による強風が吹き、被害が一気に広がった事実を往年の体験談はよく教えている。命からがら避難した陸軍被服廠跡で4万人近くが亡くなった悲劇も、実際に接した人々の話はまさにこの世の地獄を知らしめていた。

▼体験の継承ほど大切なものはない。しかしそれを重ねていくのはとても難しい。東日本大震災だって、やがては社会の共通体験ではなくなるだろう。風化を防ぐのは記録である。91年前の災厄でさえ、いまも新たな証言や映像が現れてわたしたちに教訓をもたらすのだ。記憶のすごみと記録の力。継承のための武器である。
関東大震災から50年の節目は昭和48年、第1次石油ショックの年だった。すでに大正時代は遠い昔である。それでも惨禍を知る人  :日本経済新聞











[因]
被災者の体験談の風化

[果]
記憶の凄みと記録の力は継承のための武器だ。

<編集過程>
被災者の体験談の継承ほど大切なものはないので、記憶の凄みを記録し継承していくべきだ。
被災者の体験談の継承ほど大切なものはないので、記憶の凄みを記録し継承していくべきだ。
震災の体験の継承ほど大切なものはないので、被災者の体験談を記録し継承していくべきだ。
震災体験の継承ほど大切なものはないので、被災者の体験談を記録し継承していくべきだ。

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